お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その5
なんでリアルがフィクションをこえかけているんですかねぇ……
『三人の王の行進』。
王となっているが、歌詞では新約聖書に登場する東方の三博士がテーマとされている。
この東方の三博士は新約聖書に登場し、イエスの誕生時にやってきてこれを拝んだとされる人物であり、捧げたのは黄金、没薬、乳香。
けど、このタイミングでこの音楽が聞こえるという事は、文字通りの王も兼ねているのだろう。
「小さな女王陛下。
君は国を持ってはいけないよ。
樺太の、ロシアの、何処かの国の女王になってはいけない。
国際社会は、歴史は、君という女優を使い潰して歴史の闇に消すよ。
君はもはやそういう存在なのだとまずは自覚しなさい」
渕上元総理の言葉がふいに心に響く。
ああ。そうか。今、目の前に開かれている選択肢は……
「面白い物語を紡ぎなさい。
それだけで、桂華院さんを物語が守ってくれるわ。
教えてあげるわ。
物語に守られる人物をね、私たちはこう呼ぶのよ……『主人公』って」
高宮館長の言葉もこだまする。
人には無限の可能性があるのだろうが、私には、桂華院瑠奈にはここまでの可能性があったのか。
主人公……『女帝』ルートである。
「ですから、私は、私の財産が脅かされる現状において決断をせざるを得ませんでした」
幻視が見える。
どこかの宮殿で王冠とドレスを身にまとい、玉座に座る自分の姿が。
それが自分の未来の姿だと分かってしまった。
もう誰も止めることは出来ないのだろう。モニターに映っているのは私一人しかいない。
「テロとの戦いにおいて世界は負けるわけにはいかないのです。
その為にも歴史に犯罪者と罵られる事を免れない決断をする必要があると考えました。
それでも、この決断が私の国民たちの生命と財産を守る事に繋がると信じております」
私の言葉に躊躇いはない。本気でそう思っているからこそ冷酷に冷徹に容赦なくその顔は美しかった。
カメラに向けて微笑めば全ての質問に対して完璧な答えを答えられそうな気さえした。
私が見ているのに、幻想女帝の私はその決断を凛として言い切る。
「現在、宗教過激派勢力が跋扈している中部イラクおよびその周辺への、国際社会による核攻撃を私は容認いたします」
なんだこれは?
何を言っているのだ?
私は、何をしようとしているのだ!?
違う!! こんな事はしたくない!! こんな決断なんてしたくない!! こんなの、間違っているに決まっているじゃないか!!!
だから! お願いだ!! 止めて頂戴!!!!!
けど、幻視先の女王たる私は冷酷かつ冷静に全てをこなして行く。そして。
私も、幻想女帝の私も核の炎で焼かれてゆく。焼け落ちて崩れていく。消えていく。
何もかもが失われて跡形もなく燃え果ててしまう。
そこで唐突に私は意識を取り戻した。
「お嬢様!?」
気づいたエヴァが近寄ろうとするのを手で制す。
体は震え、汗まみれだが、『三人の王の行進』はまだ耳元で聞こえている。
蛍ちゃんが私の手をぎゅっと握った。
それが、その選択肢もあるのだと教えてくれているようだった。
「大丈夫。で、私はどう動けばいいの?」
私の確認にエヴァは心配そうな顔をしつつ説明してくれる。
モニターではすでに私の影武者である久春内七海が護衛と側近団を伴って地下秘密通路を通りルーブル美術館に入ろうとしていた。
「大丈夫です。
このままおとなしく隠れてくれれれば、すぐに終わる話です」
頭を下げてできるだけ心配をかけないようにしているエヴァに、私は優しく声をかけた。
まだ震えている体と、耳に聞こえる音楽を悟られないように注意しながら。
「……ねぇ、私は大人しくしていればいいの?」
「はい」
エヴァの言葉の後ろ側で音楽はまだ響き続けている。
それはきっと、私自身に対するカウントダウンだったのだろう。
「ルーブル美術館にテロリストが侵入しただと!?」
ある意味予想された、聞きたくなかった報告が耳に飛び込んできたのはその時だった。
情報だけは正確に、手が届かないからこそ、更新され続けてゆく。
「テロリストは警備と交戦中」
「テロリストの人数は三人。二人は射殺した。
繰り返す。テロリストは三人で二人は射殺した」
「お嬢様およびその護衛はまだ秘密通路から出ていない。
テロリストに近づけさせるな!」
「地下鉄の避難通路で混乱が発生!!」
ああ。そうか。主人公が面白い物語を紡ぐのならば、私がここから出れば物語は私を主人公に、英雄にするのだろう。
成田空港テロ未遂事件ではそれで解決したではないか。
そして、その先があの女帝であり、その果てがあの幻視だとしたら。
つまりここが分岐点。
蛍ちゃんの握る手が強くなる。
「避難していた帝都学習館学園の生徒に負傷者が!
負傷者の名前は帝亜栄一」
その瞬間動こうとした私をエヴァと蛍ちゃんが押しとどめる。
涙は自然と出ていた。
自分が主人公ならば……私が出て全てが解決するのならば……その果てがあの幻視の女帝だとするならば……あまりにも救いがないじゃないか!!!
「大丈夫です。命にかかわる負傷ではございません」
優しいエヴァの声だけが耳を通り過ぎる。自分はここでじっとして居なければいけないのだという無力感が襲ってくる。
そうだ。ここは物語のクライマックスの一つだ。主役が、主人公が出なければならない場面ではないのか?
(じゃあ私は何だというの?)
心の中で何度も同じ言葉が繰り返され、その答えは唐突に突き付けられた。
(そうよ。私は悪役令嬢じゃない……)
主人公ではない。その主人公に倒される敵役。
そんな立場だったのだと思い知らされた。
そう思わせられたが正しいのかもしれない。
「大丈夫よ。蛍ちゃん。エヴァ。もう大丈夫」
私は二人にそう言うとゆっくり座りなおす。
何が起ころうと、何が待っていようと、その役だけはこなしてやると決めた瞬間。
「テロリストの最後の一人を射殺した!
繰り返す。テロリストは排除した!
ルーブル美術館の安全は確保された!!」
私の耳に『三人の王の行進』はもう聞こえてこなかった。
バッドエンドはなしと言ったな。
私が想像しうる最高かつ最低のバッドエンドがこれである。
本当に最後の女王陛下の戴冠が印象深くてさぁ……
ネタ元
HOI2AAR『大英帝国騒乱記』
https://hoi2aar.paradoxwiki.org/?%C2%E7%B1%D1%C4%EB%B9%F1%C1%FB%CD%F0%B5%ADAAR




