お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その4
多くのパニック映画で端折られる所に人の移動時間がある。
具体的に言うと、避難する人たちが統率を保って動くという事はまずない。
混乱し、それが更に混乱を呼んで、さらなる悲劇に繋がるなんてことはとてもよくあるのだ。
「地下鉄を使った避難はどうなっているの?」
「ダメだ。地下鉄職員と警官の誘導が間に合っていない。
4号線だけでなく、シャトレ駅とサン=ミシェル駅の混乱が波及して1、7、11、14号線が停止に追い込まれた。
それにかこつけて暴徒が地下鉄経由でこっちに迫っているという情報がある」
ワゴン車の中は思ったより狭かった。
状況確認用のモニターと無線機、そしてエヴァの元同僚の人たち三人に私、エヴァ、蛍ちゃんの三人が入っているのだから必然と言えるだろう。
さらりと一人が運転席に移ってワゴン車ごと逃げる準備をすると同時に私たちのスペースを作ってくれたのはありがたい。
「で、部外者の私が聞くのもはばかられるとは思うんだけど、ここの人たち信用できるの?」
私のぶっちゃけた質問に、エヴァの元同僚の人は苦笑しつつぶっちゃけ返してくれた。
「お嬢様を売るという選択肢を考えなかったといえば嘘になるが、売るならお嬢様に恩を売った方が高くなりそうでね」
「……あはははは……いいわよ! 白紙小切手で払おうじゃないの!!!」
「あー。お嬢様。そのお支払いは止めたほうがよろしいかと」
私の即決にケチをつけるエヴァ。
何か文句があるのかと言おうとして機先を制される。
「神奈水樹嬢にそれお渡ししたでしょう?
扱いにすごく困っているのですよ。あれ。
一兆円まで引き出しOKなので」
エヴァの日本語を理解したらしい元同僚の人は私から目をそらした。
実に失礼である。
「俺も摩天楼で美女に囲まれて暮らしたいが、その金額だと宮殿で最後殺されちまう」
「それ持っている私は?」
「だからこんな所に隠れているのでは?」
(……納得)
「蛍ちゃん納得するなぁ!!!」
そんな和気あいあいぶりも、ある番組が始まると皆視線がそっちに行く。
米国大統領選挙開票速報である。
「始まりましたね。
おそらくこの騒動はこれが目的ですから、勝負を決めるフロリダ・オハイオ・ペンシルベニア・バージニアの四州の開票時間である米国東部標準時間まで無事なら事は終わるはすです」
エヴァの解説を聞きつつ開票速報が進み、赤と青に米国地図が色分けされてゆく。
赤が共和党、青が民主党だ。
「そろそろ聞いてもいいと思うんだけど、なんでフランス政府は私をルーブル美術館に行かせたがっているの?」
私の核心を突く質問にエヴァと元職員の視線が交差する。
数秒のアイコンタクトの後、元職員が紙コップにコーヒーを注いで私と蛍ちゃんに手渡してからゆっくりと真相を暴露する。
「元々はこの大統領選挙でロバとゾウのどちらかが勝つかのゲームだったんだが、お嬢様。あんたというファクターが大きくなり過ぎたんだ。
だから先の事を考え出した」
この先の事というのは言うまでもない。私が大人になって誰と結婚するかという奴だ。
コーヒーを飲もうとするとエヴァに止められ、エヴァが口をつけたコーヒーと交換させられる。
なるほど。彼らに全幅の信頼を置いていないと。
「国務省から漏れた南イラク首長国へ嫁ぐというのは、英国がネタ元だ。
英国は、大人になったお嬢様が欧州王室に嫁いでEU統合の象徴になるのを恐れていた。
その仕掛けに激怒した欧州が用意した、お嬢様を欧州に嫁がせる仕掛けというのがルーブル美術館にある……という話だ」
「最後の所がずいぶん曖昧ですね」
「がっつり絡んでいたらこんな所にいる訳ないだろうが」
納得。
欧州情勢は複雑怪奇なりとは誰の言葉だったやら……そんな私の沈黙を確認して元職員は続きを口にする。
「インペリアル・イースターエッグ。
ロマノフ家の為に作られた宝石で装飾した金製の卵型の飾り物で、ロシア革命から二度の世界大戦を経て散逸したそれの偽物をお嬢様に手渡すことで本物にしようというのが、欧州の奴らの仕掛けさ」
「それを私が手に入れて何がどうなると?」
「それがスイス銀行のロマノフ家亡命資金口座の鍵という事になっている。
手に入れた瞬間、お嬢様がロマノフ家継承で圧倒的優位な立場に就くことになる。
新生ロシア帝国女帝となるにはまだ仕掛けがあるんだが、この場では置いておいて、欧州の仕掛けの根幹はそれだよ」
「じゃあ、何でこんな暴動やテロみたいな事が起こっているの?」
私の強めの語気の質問に視線をそらす元職員。
代わりに答えたのはエヴァだった。
「お嬢様。お嬢様の御身にはろくでもない奴らから賞金がかけられています。
お嬢様の仕手戦で痛い目を見た連中の報復や、テロそのものが賭けになっているのでブックメーカーとその背後にいるマフィア、さらにパイをぶつけようという馬鹿どもが見事に集まって……」
(つんつん)
蛍ちゃんが私をつつく。
ん? と振り向いたら聞きなれた音楽が。
「どうした?」
「お嬢様?」
蛍ちゃんと私に聞こえてエヴァと元職員には聞こえないって事は、そっち系か。
ファランドールの冒頭……あれはたしか……
口に出さずにはいられなかった。
少なくとも、この仕掛けは欧州だの大統領選挙には絡んでいないと信じたい。
「『……三人の王の行列……』」
欧州情勢は複雑怪奇
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