お嬢様の修学旅行 中等部 五日目 その1
パリの朝はさわやかに……といかなかった。
燃えているパリ暴動の火の手は収まっていなかったのである。
『お嬢様にパイを』といういたずらから始まったこの暴動は、今や『大統領にNOを』という反政府暴動にとってかわり、パイではなく石と催涙弾が飛び交う事態となって鎮圧どころか拡大の最中にあった。
それで話が私たちの所にまでやってくる。
「これ、ルーブルに行けるの?」
私のぼやきともつかない質問に返事をしたのはエヴァである。
メイド姿ではなく、防弾チョッキを着たSP警護スタイルで淡々と事情を説明する。
「暴徒連中にマフィアだけでなくテロリストも混じったそうで、暴徒連中がエリゼ宮を目指しているという情報もありますが、ルーブルには行けるだろうと。
本当に私どもといたしましては行ってほしくないのですが」
沈静化の目処が立たない中、暴徒が目標とするエリゼ宮にたどり着く前に鎮圧しようと周辺の警備を強化する事になっているが、私たちのルーヴル美術館行は変わらないらしい。
「よくスケジュール変更をしなかったな。瑠奈。暴動がこの規模なのに……」
栄一くんがテレビをみながらぼやく。
フランスのテレビはどこもこの暴動の放送に切り替え、センセーショナルな映像には炎が映り込んでいた。火炎瓶である。
報道に煽られて交番や消防署なども焼かれ、学校や保育園、コンビニ店に至っては手当たり次第に略奪・放火される被害が拡大していた。
「明らかにテロ組織が暴徒に絡んでいる証拠です。
すでにフランス政府は夜間外出禁止令を出すだけでなく、公共交通機関の運行停止に追い込まれつつあります。シャルル・ド・ゴール空港もいつ閉鎖に追い込まれるかわからないのですが、ルーブル美術館は大丈夫とエリゼ宮の主人がおっしゃっています」
エリゼ宮には大統領官邸がある。
つまり、このルーブル美術館行はフランス政府のオーダーという事だ。
暴動の中心地がパリ郊外北部というのが問題で、その場所にシャルル・ド・ゴール空港があったのである。
暴動が鎮圧できずにド・ゴール空港が閉鎖でもしようものなら、私たちは完全に退路を失う事になる。
「ルーブル美術館見学の後に私たちはパリを離れられるのよね?」
私の確認にエヴァが本当に行ってほしくない顔で退路を口にする。
私も心の中ではいきたくねーと思いつつあるが、しがない修学旅行中の中学生に何ができる訳もなく。
「はい。ル・ブルジェ空港にもチャーター機を用意していますし、飛行機がだめならパリ北駅からユーロスターでロンドンへ」
「暴動鎮圧の可能性は?」
横から裕次郎くんがエヴァに尋ねる。私に次いで公的警護が多いのが泉川元総理の息子である裕次郎くんである。事があきらかにイタリアと違うので尋ねる顔が厳しい。
「我々の見立てでは今日明日の鎮圧は無理と判断しています。
万一に備えて民間軍事会社と契約して、パリ脱出まで万全なサポートをお約束いたします」
「民間軍事会社?
桂華院の所の警備会社だけでなく?」
エヴァの言葉に今度は光也くんが突っ込む。
防弾チョッキを着たエヴァは安心させようと微笑むがまったく安心できなかった。
「大丈夫です。民間軍事会社の前歴は私も含めて全員スターズアンドストライプスなので」
(それ、前歴じゃなくて、今もでしょ?)
なんて言える訳もなく、私がぼそっと呟いた一言に栄一くんたち三人が噴き出すが、エヴァは首をかしげるだけだった。
「袈裟の下から鎧が見えているわよ」
メイド服の下から防弾チョッキならエヴァにも分かったのだろうが。
そんな会話の後、私たちは朝食をとってルーブル美術館に向かうことになったのである。
問題なのは、公的訪問でなく私的訪問、おまけに修学旅行という事もあって、派手な警護ができないという点にある。
私だけ逃がすわけにも行かず、バスを連ねたら暴徒に襲われかねない。
地下鉄はスリの危険だけでなく暴動のせいで治安悪化が懸念されるのでこれもパス。
となると選択肢は……
「船かぁ……」
パリ市内を流れるセーヌ川。
ここをクルーズ船が走っており、パリの自由の女神像近くに作られた臨時船着き場からチャーターしたクルーズ船が出発する。
セーヌ川からエッフェル塔を眺める。
もちろんこの状況でエッフェル塔に登れる訳もなく。
「のぼりたかったなー」
セーヌ川を眺めながら私はぼやく。
チャーターしたクルーズ船だが、乗り込む前にエヴァたちが船員一人一人を提出されたリストと確認するという徹底ぶり。
ヴェネツィアでのドッキリがあった後だから、ピリピリしている事この上ない。
「本来なら、エッフェル塔からノートルダム大聖堂までのクルーズだそうだ」
「眺めているけど、思ったより観光客が多いのよね。パリ市内」
「北部郊外の暴動だからこっちにまで暴徒が来ていないのだろうな。
あと、せっかく来たのに観光せずに逃げるなんてもったいないと」
「その気持ちわからなくはないね。僕たちも味わっているし」
栄一くん、私、光也くん、裕次郎くんの順でセーヌ川クルーズを楽しみつつ会話が弾む。
まぁ、露骨に見える所に、防弾チョッキを着たエヴァの同業者らしい民間軍事会社の人たちがサングラス越しにガンを飛ばしているのだが。
なお、エヴァはというと……
「本当に本当にお願いしたくはないのですが、もし何かあったらお嬢様がお逃げできるようにどうかご協力を……」
(……もぐもぐ……こくこく……パクパク……)
「蛍ちゃんにお願いするぐらいならやめたらいいのに……あ、美味しい♪」
本場フランスマカロンで蛍ちゃんを買収し、隣の明日香ちゃんに呆れられていた。
私もマカロンを要求したのは言うまでもない。
ル・ブルジェ空港
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E7%A9%BA%E6%B8%AF
私がこの空港を知ったのは『メーデー』のコンコルド墜落のボイスレコーダーである。
ユーロスター
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
ロンドン-パリを三時間切るのか……
袈裟の下から鎧が見える
出典は『平家物語』。
http://kotobaf.coresv.com/KOTOBA2-19.html
セーヌ川クルーズ
https://parismuseumpass-japon.com/%E3%83%91%E3%83%AA%E8%A6%B3%E5%85%89%E3%81%AB%E6%AC%A0%E3%81%8B%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%8C%E5%B7%9D%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%80%8C%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%BC/




