ジャンダルムリ本部にて
「お嬢様がホテルに到着したそうだ」
「警戒態勢をホテルの警備にシフトしろ」
「郊外の暴動はまだ鎮圧できないのか!
対外治安総局の奴ら馬鹿なことをしやがって……」
「放火が止まらん……このままだと市内に波及するぞ……」
「各地で呼応する暴動が……このままだと夜間外出禁止令を出さざるを得なくなる……」
「暴動がベルギーやドイツに波及だと!?」
どこの国でも他国の組織が好き勝手しようものなら激怒するのが警察と言うものである。
とはいえ、暴動真っ只中で対処に追われる彼らにとって、ただでさえ関係が冷え込んでいた米国の協力を素直に受け取る訳にもいかず、米国はイタリア以上にフランス政府に対して強引な内政干渉まがいの申し入れをしていた。
「ですから、米軍のコマンド部隊の出撃を……」
「それについては大統領がじきじきにお断りの連絡をしたはずです」
「ですが、この暴動を貴国は収束させる事ができるのですか?
他国に波及しつつあるというのに?」
「……」
フランス米国大使館だけでなく、お嬢様警備の総司令部であるジャンダルムリパリ本部にまで米国関係者がやってきて現地折衝をしている様子は、ジャンダルムリの窮状をこれでもかと見せつける事になったのである。
そんな米国関係者がオブザーバーとして集められているジャンダルムリ本部の一室にメイドが入ってくる。
お嬢様こと桂華院瑠奈つきメイドでCIAの工作員でもあるエヴァ・シャロンで、修学旅行に内政干渉ぎりぎりで送り込んだ為にお嬢様のご機嫌を損ねているのだが、彼女がお嬢様のお世話をしながらここに来たのはお嬢様周辺の定時報告を行う為だった。
「お嬢様はホテルでお寛ぎになられているわ。
今頃は久しぶりの和食を楽しんでいるはず。
少なくとも抜け出して遊ぶという事はしないわよ。多分」
この多分に込められたエヴァの万感の思いに他の米国職員は同情の笑みで返す。
暴動はパリ北部郊外を中心に各地に波及し、夜間外出禁止令も出さざるを得ないというのが情報を分析した彼らの読みだからである。
「そりゃ朗報だ。
正直、そのままフランスから飛び立ってくれと思っているよ」
「ええ。向こうの面子がなければ、ルーブル見学すらさせたくなかったわね」
イタリアを堪能しドッキリまでTVに晒した桂華院瑠奈公爵令嬢へのおもてなしがこの暴動だったというのは、露骨にフランス観光の旅行者数に響くからだ。
そのため、予定のルーブル美術館見学はフランス政府たってのお願いという事で予定が維持されている。
そんなフランス政府必死の努力にもかかわらず、暴動はパリ郊外からフランス各地に広がるだけでなく、ベルギーやドイツにまで広がろうとしていた。
「で、こっちの連中何か動きはあった?」
「何も。内政干渉だからと俺たちをここに丁重に監禁する程度さ」
(盗聴されている)
フランスでも同じようにハンドサインで盗聴器の存在を教えてもらったエヴァは雑談という体で会話を進めるが、その会話の内容に潜ませた情報の暗号強度はジャンダルムリの諜報部隊が解読する頃には修学旅行が終わっている程度である。
「暴動は広がっているし、お嬢様というパイ投げの標的もある。
問題は、パイだけでなくお嬢様にも石を投げかねない所なんだが」
(こっちの諜報機関のやらかしで全ての部署が対応に追われている、イタリアで仕掛けなかった連中がフランスの混乱を見て仕掛ける可能性は十分にある。星条旗を出さないなら手を貸してくれと内々に言われたよ)
「凱旋門は無理っぽいわね。ルーブルにはバスで直行させることにするわ。警備の方は?」
(さすがにフランス各地どころか他国にまで暴動が広がったら面子も何もないわね。雇われ警備員の体で警護しても構わないと。了解)
「国家憲兵隊がつくけど、ボディーガードは多い方がいいだろう?」
(『キャンプ・ニコラウス』の連中。まだ何かするつもりらしい。ルーブル美術館見学の政府ごり押しはあいつらの仕掛けという信憑性のない話がある)
「ケビン・コスナーより、クリント・イーストウッドの方が好みなんだけど」
(あいつらまだ何か仕掛けるの? 金は送られたんじゃないの!?)
「クリント・イーストウッドだったら守るのが大統領になっちまう。俺は民主党員なんだよ」
(この暴動でどうも奴らの仕掛けが狂ったらしい。
EU中心国の一つであるフランスの失態は我々にとって都合が良いが、反イスラムで欧州全域で暴動が発生したらロシアどころではなくなる)
「……」
「……」
エヴァとて状況は理解していた。
大統領選に影響を与えかねない中部イラク情勢で、ファルージャでは4月から現在に至るまで激しい戦闘が繰り返されており、現職大統領は再選後に大規模作戦を計画していた。
それを反米勢力も知っている訳で、大統領選挙に影響を与えられる彼女は食いつかざるを得ない囮と化していたのである。
彼らとマフィアが手を組んだとしたら……
「そろそろ行くわ」
「お嬢様によろしく。古い建物だから迷子にならないように十分言ってくれ」
エヴァは戦場のように駆けずり回っているジャンダルムリたちを横目にパリ本部から出る。
本当に欲しかった情報は、最後の最後に出てきた。
(……迷子にならないように?
ルーブルは歴史的に増改築の果てに隠し通路などが網の目のように張り巡らされていると聞くわね。
テロ組織ではなく、『キャンプ・ニコラウス』の連中による狂言誘拐か……
乗る必要はないけど、イタリアみたいな仕掛けだとお嬢様受けかねないのよね……)
ジャンダルムリ
フランス国家憲兵隊
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E6%86%B2%E5%85%B5%E9%9A%8A_(%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9)
ケビン・コスナーより、クリント・イーストウッド
『ボディーガード』(92年)と『ザ・シークレット・サービス』(93年)の映画。
ファルージャの戦い
4月から11月にかけてここは焦点となり続けた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%81%AE%E6%88%A6%E9%97%98




