お嬢様の修学旅行 中等部 四日目 その4
パリ到着。
ドゴール空港からロビーに行く事なく横付けされたバスに乗せられて一路パリへ。
その前後を数両の警察車両が付きっきりの上に、さらにその周りをパパラッチがという感じだが、イタリア以上に緊張感がある理由を私たちは窓越しで知る事になる。
パリは現在燃えていたからである。
宿は帝興ホテルパリである。
経営危機時に売却されたのだが、帝興ホテルを救済した際に再度買いなおしたのである。
もちろん今回の修学旅行のためで、言い値で買ったのはこれが安全保障費だから。
お値段は飛行機が買える程度なのだが、もうこのぐらいはポンと出せる私。買ってよかったとつくづく思うのは完全貸し切りでセキュリティーがしっかり整えられるというのがものすごく大きい。
何しろ、ホテルの全周囲をうちの警備会社の警備員が警備し、その周りを警官と国家憲兵隊が重武装で威圧する始末。
近くにエッフェル塔があるので見物にと思ったけど当然こんな状況で行ける訳もなく。
「あ、夕飯和食コースなんだ」
なお、このホテルには有名な日本料理店があって夕食は日本食が出ると皆歓声をあげるあたり、やはりごはんなんだよなぁとしみじみと思う。
「おい。現実逃避するなよ。瑠奈」
栄一くんがつっこむが私はあえて聞こえないふりをする。
不幸な事故といえば不幸な事故なのだろう。
ヴェネツィアでのドッキリ大成功は当然パリにも伝わったわけで、だったら俺たちもとその手の人たちがやる気になったのだが、イタリアではなくフランスだった事が後々の悲劇に繋がる。
フランスはイタリアより国家が中央集権よりで警察力が強く、パリという事もあって国家憲兵隊が出張ることに。
そこで終わればいいものを、私を狙う連中を予防拘束しようとしたのが対外治安総局。
マフィアが悪さをしようとしているとの情報が入ったので、予防拘束にかこつけて国内の大掃除を国家警察とする事になったのだが、ここで悲劇が起こる。
私たちが来る前からこの手の大掃除をしていたのだが、その逮捕劇の最中に若者三人が変電所に逃げ込んで感電死したのだ。
さらにその捜査の途中でモスクに催涙弾が撃ち込まれた事でパリ郊外で暴動が発生。
そこに私のヴェネツィアでのドッキリが流れたのだからさあ大変。
馬鹿はパイをぶつけようと集まりそれを国家憲兵隊と国家警察に阻止されると、暴動での反感を募らせていた郊外の若者たちはパイではでなく石を警官たちに投げつけ、かくして暴動はパリ郊外を中心に絶賛拡大中となっていたのである。
「したくもなるわよ。
なんでこんな事になっているのよ……」
「移民問題と経済問題が背景にあるが、それに拍車をかけたのが9.11だ」
私の嘆きに光也くんが口を開く。
第二次大戦後の経済復興においてフランスはアルジェリアをはじめとした旧植民地からの移民を受け入れたのだが、石油ショックで好景気が終わるとフランスの若い世代全体に新規求職がない事態に。
特に人種の違う移民2、3世の若者が職を得られずに失業率が増加し、非行化が進み、犯罪が増加。
そんな状況に9.11をはじめとしたテロが重なってイスラム過激派が世界の敵となった時に、欧州におけるイスラム教迫害も目に見えるようになり……
「これ、下手すると日本の未来だよ」
裕次郎くんがテレビニュースを眺めつつ呟く。
衛星放送で米国系のニュースを見ていたのだが、どこもパリ暴動を流してその息抜きに私がスイーツを食べるドッキリが流れる始末。
この二つに因果関係があるなんて誰が分かる訳もなく。
「うちも人ごとじゃないわね。
旧北日本の市民についてはいまだ問題が解決していないし」
旧北日本こと北日本民主主義人民共和国の併合とバブル崩壊が重なったので、彼らへの差別や衝突は社会問題として日本でも話題になりつつあった。
経済が回復基調だからまだなんとかなっているが、不況とかになったら真っ先に切り捨てられるのが彼らであり、この暴動も他人事には見えないのである。
「それでも、一つだけ日本には良いことがあります」
そんな事を言って口を挟んだのはメイド姿のエヴァである。
仕事スマイルは維持しているが、この暴動で相当苦労したのが分かる。
ホテルで出迎えてくれた時に背中が煤けていたし。
「日本のその手の層はイスラム教に入っていません」
欧米はこのイスラム移民に対する迫害が問題になりつつあり、この暴動が他国、特にドイツに広がらないかと神経をとがらせているらしい。
欧州の極右団体の攻撃対象が彼らなのは決して理由が無いわけではないのだ。
「一応確認だけど、明日のルーヴル美術館は行けるのよね?」
「行ってほしくないんですけど、大丈夫です。ええ」
心底嫌そうな顔でエヴァが言ったので大丈夫だろう。たぶん。
さて、夕食を食べにと動こうとしたら栄一くんが思い出したように首をひねる。
「そういえば、今回直接バスに乗り込んだが、あいつ来なかったな」
あいつというのは、ヴェネツィアでパイを阻止したあの騎士見習いの事だろう。
私は皮肉をこめて言い放つ。
「そりゃ来ないわよ。
彼、危機の前と後にしか出てこないそうで」
私の言葉に男子三人とエヴァの顔がどんなだったかは秘密にさせてもらおう。
パリ暴動
もともとは2005年だが、その下地はすでにあった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/2005%E5%B9%B4%E3%83%91%E3%83%AA%E9%83%8A%E5%A4%96%E6%9A%B4%E5%8B%95%E4%BA%8B%E4%BB%B6
今回の宿泊先
ホテルニッコー・ド・パリ。
2001年に売却されたのを買いなおしている。




