ワシントンDC—東京国際電話

「CDSの発動を確認したわ」

「腹は立つが欧州の魔女の筋書きどおりか。

　具体的な仕掛けは？」

「CDS、クレジット・デフォルト・スワップは企業がデフォルト（債務不履行）した場合の損失を他の当事者が肩代わりする契約なんだけど、それをオプションにつけていたのよ」

「ん？　オプションにつける？」

「あなたに分かりやすく説明すると、外馬に乗ったとしてもギャンブルは勝ち負けがはっきり確定しないと支払いが発生しないでしょう？」

「ああ。お嬢様誘拐未遂というかあのパパラッチの顛末はそれか」

「あの騒動で欧州市場の主要指数は急落。

　それに伴って、いくつかの取引はロスカットに追い込まれる。

　CDSはそれに勝手に大量につけられていたのよ」

「なるほどな。

　ロスカットラインを割り込めば、自動的に損切りが発生して損失が確定するから保険は支払われる訳で、あとは戻せばいいという訳だ。

　あの騒動の狙いはこれか」

「重要なのはロスカットによって損失が確定する事で、お嬢様が誘拐される事でも欧州市場を大混乱に陥れる事でもなかった。

　完全にこっち側の人間の仕業よ」

「こっち側って、こっち側でない人間が何かやらかした事でもあるのか？」

「ええ。

　私たちの屈辱の9月11日。

　あの時の暴落にオールインしたテロ組織は巨万の富を得る事になった。

　馬鹿はあれの真似をするけど、こっち側、つまりウォール街の人間がスマートにやるとこうなりますという訳」

「劇場型犯罪ならぬ劇場型テロか……」

「そんな訳で、すでに手打ちも始まっているわ。

　米国側は少なくとも事を大きくして騒ぎにしたくない。大統領選挙直前なだけに、この茶番については何も言うつもりがないそうよ」

「またえらく穏便に事を収めるんだな」

「これがフランスあたりで起こったら、選挙の大逆転まで事を強引に進めていたでしょうね。

　イラク戦争の足並みの乱れで米国と欧州、特にフランスとの関係は冷え込んでいたから。

　イタリアで起こり、しかも茶番として受け入れられるぎりぎりの線だからこそ、はらわたは煮えくり返るけど穏便にという事だそうで」

「こっちもテレビのドッキリという線でおさめるつもりらしい。

　一応イタリア大使が総理に面会して説明していたが、総理も大事にはしたくないと泉川副総理からの情報だ。

　で、流れ込んだ金の規模は？」

「いくつかのペーパーカンパニーを嚙ませているから詳細はおいておくとして、おそらく十数億ドル」

「流れ込んだのは間違いなくウクライナか……

　大金ではあるが『ノルドストリーム』を作るには桁が一つ足りないな」

「仕掛けるのは大統領選挙でしょうね。

　今は親ロ派が有利と見ているけど、野党候補者の暗殺未遂とグルジアの政変が予想以上に足を引っ張っている。

　私が欧州の魔女側だったら、多分仕掛けるわ」

「桂華資源開発の収入の根幹である欧州向けのガスはウクライナを通っていて、この選挙からそこの中抜きが想像以上に酷くなっている。

　藤堂社長は維東中産業経由でBTCパイプラインに絡む事も視野に入れている」

「それ、ロシア側に漏れるとまずくない？」

「意図的に漏らして釘を刺しているんだと。

　明らかにウクライナ大統領選挙への介入が過剰過ぎるからな。

　ソチ五輪への資金提供という飴を見せて抑え込もうとしたが、この騒動で欧州の魔女に軍資金が渡ったとなればどうなる事やら……」

「ミスター岡崎。

　今後どう動くにせよ、欧州の話題の中心はこのノルドストリームになるでしょうね」

「既にロシアのガス企業から出資の提案を受けている。

　社債引き受け条件として、ガス企業への権益は15％。

　さらに言うと、同条件を欧州のエネルギー総合企業が持ちかけていて、うちはホワイトナイトの扱いだ」

「欧州の魔女たちの仕掛けの根幹でしょうね。それ」

「こっちとしては、お嬢様を道化に使われたんだから喧嘩上等なんだが、今、雑にぶん殴ると大事になり過ぎる。お嬢様が帰って意向を聞きつつ、大統領選挙が終わるまでは動くことはできんよ。

　確認なんだが、ミズ・サリバン。南イラクの権益は確定なんだよな？」

「このままホワイトハウスの主が変わらなければ確定で問題がないわ。

　南イラクと産地偽装されたイランの原油権益の半分はお嬢様の物よ。

　シスターズの中で悪さをしている連中もいるけど、お嬢様を追い出すぐらいなら手を結ぶわね。

　それが何か？」

「中央イラクの情勢が芳しくないんだ。

　既に治安維持部隊とゲリラの戦闘報告がうなぎ上りに上がっており、それにPMCや米軍が巻き込まれつつある」

「何処よ？そこは？」

「ファルージャ。

　あんたになら話しておこう。

　お嬢様が核を落とすならここと言った場所だよ」