とある新婚夫婦の新婚旅行
リアル米国の動きが……何が本当で何が嘘かわからんのだが……
東京から新大阪まで新幹線でおよそ三時間。
この国の交通インフラのすばらしさを噛みしめながら、近藤俊作と愛夜ソフィアはグリーン車の座席に座る。一番端なのは後ろから覗かれない為で、ようするに新婚旅行という体で何かをする訳だと近藤俊作は座席側の席に座ってぼやく。
「しかしグリーン車なんて取らなくてもいいだろうに?」
「いいじゃない。経費で落とすんだから」
「仕事がら社長さんたちの送迎はしてきたが、自分がいざその身分になったと思うとむず痒いったらありゃしない」
他愛ない会話をしつつも座席のテーブルを広げて指で文字を書く。
筆談で話さないといけない内容はこの旅行の真相がつげられていた。
(で、新婚旅行の体で俺まで連れてきて桂華にすら内緒で新大阪に何しに行く訳だ?)
(この間、CIAと組んでやばい仕事をしたけど、その仕事の報酬であるものをもらってね)
(あるもの? 桂華というか桂華のCIAに話せない類のやつか?)
(そう。まぁ、何かやらかした時に取引材料になる程度のものらしいわよ。多分)
「多分ってなんだそりゃ?」
「行ってみないと分からないって事よ」
途中で声に出してしまった近藤俊作に愛夜ソフィアも肩をすくめる。
IT革命が進化しようとしつつあるこの時期、CIAを始めとする大規模な諜報網を持つ国家に対し、アンダーグラウンドにもそれを搔い潜るネットワークが花開こうとしていた。
今、二人の雇い主である桂華院瑠奈をめぐる陰謀は、その二つのネットワークの存在を露呈させると同時に、それを用いた愛夜ソフィアは彼女の仲間からの警告を受けて身を守る武器を得ようとしていたのである。
「そこまで大事かね?」
「何もなければ新婚旅行でいいじゃない。
京都や大阪や神戸を堪能しておしまい」
わざわざお嬢様が修学旅行の時期に動いたのもそれが理由である。
国家諜報機関の耳目が欧州でパイを顔面に食らったお嬢様に集まっている時ならば、端役の道化たちが何かしていても気にも留められないという事で。
「おー。似合うじゃない」
「お世辞でも嬉しいよ」
「どうかな?」
「いいんじゃないかな?」
わざと京都駅で降りた二人は駅併設の百貨店で衣服を買って着替える。
もちろん、発信機対策で今回の旅行は携帯電話を忘れたという設定になっている。
追跡者は探偵をしている近藤俊作が確認した限りでは見つからなかったので、二人はまた京都駅に戻って新快速で新大阪へ。
そこから関空特急に乗って天王寺駅へ。
そこで関空快速に乗り換えて向かったのはりんくうタウン駅。
桂華グループの関西拠点のこの駅で降りて、併設のショッピングモールへ。
りんくうタウン再開発は桂華グループ主導でいろいろ行われている最中だった。
「ちょっとトイレ」
そう言って近藤俊作が男子トイレに入ると、まず周囲を見渡して誰も居ない事を確認して掃除道具が置かれている扉を開ける。
そのままモップをかけるフックにかけられていたコインロッカーのカギを取って素早くトイレを出る。
「早かったのね」
「男は女とちがってね」
そんなやり取りをしながら適当にウインドウショッピングをしつつ、家電店でノートパソコンを購入して向かうはそのコインロッカーがある関西新空港へ。
「これね」
置かれていたCD-Rを愛夜ソフィアが取って、そのまま飛行機で今度は北海道へ。
新千歳空港に着いた頃には日は既に暮れていた。
新千歳空港駅からエアポート特快で札幌駅に着くと、地下鉄ですすきのに向かってネットカフェのカップル席へ。
「おい。こんな所でするのか?」
「こんな所だからバレないのよ」
ネットカフェのカメラは把握済みで、買ったノートパソコンははなからネットに繋がらない。
このころの日本家電のノートパソコンは、高価だが大体の作業をこなせるように一通りのソフトが入っているのが特徴だったので、CD-Rを入れて中を覗くと文字化けした文字の羅列が。
「なんだこりゃ?」
「わざとしているのよ。ここまでなら文字化けしているからわからないでしょ?」
近藤俊作の声に愛夜ソフィアが文字コードを直して英文化させて保存すると、CD-Rを取り出して近藤俊作に渡す。
受け取った近藤俊作はそれを割ってビニール袋に入れると、二人してネットカフェを出て地下鉄のごみ箱に捨てる。
適当にとったラブホテルの中で、シャワーを浴びた近藤俊作が裸の愛夜ソフィアに尋ねる。
「で、ここまでしたその中って何だったんだ?」
「『欧州の魔女たち』の正体」
そのワードに近藤俊作が顔をしかめる。
たしか、二人の雇い主であるお嬢様に喧嘩を売った連中だったからだ。
「第二次世界大戦の後、米国が欧州の共産化を防ぐために多額の資金援助をしたのだけど、その資金は今も生きて各国に影響を与えているのよ。
お金って基本消えないのよね」
「消えない? 使ったら無くなるんじゃないのか?」
「私たちならそうでしょうね。
けど、会社とかだと融資って形になるから……」
「……なるほどな。返済が金じゃない事もあるのか」
東西冷戦の最前線だった欧州にはいまだそのような噂が絶えない。
やっと統一市場と統一国家の歩みを見せている欧州の知られざる暗部がそこに書かれていた。
「米国からの資金と分かれば、ナショナリズムが反応するかもしれない。
それを避けるために、米国は秘密裏に資金を各国に提供する必要があった。
そのシステムって……マネーロンダリングと同じなのよ」
「そこに繋がるのかよ」
近藤俊作でも樺太銀行マネーロンダリング事件は知っている。
大規模な逮捕者と自殺者と華族の不逮捕特権で逃れた連中が、検察審査会で追い詰められているのはこの国のニュースやワイドショーで話題になったばかりである。
愛夜ソフィアはモニター向こうの仲間の警告を心から理解し体を震わせる。
(要するにこの騒動そのものがワシントンの誰かを敵に回すって事だ。
そして、その誰かの下の組織やら何やらも敵に回る訳だ。
誰を敵に回すかきちんと決めておかないと切り捨てられるぞ。お前)
つまり、パクスアメリカーナを支えていたアジア向け工作資金と欧州向け工作資金の対立。
冷戦が終わって、テロとの戦いに移ろうとする中、その存在意義を失った両者はそれでも自己を保持し勢力を拡大させようとして……
あまりにもデカすぎる超大国アメリカの杜撰さと強大さを思い知りながら、愛夜ソフィアは口を開く。
「アジアでは樺太銀行を使って融資という形で介在していたのだけど、欧州にはそれをする前に更に都合のいいものがあってね。
そこを噛ませてお金を国際金融市場であるロンドンに流していたという訳」
「何だその都合のいいものって?」
近藤俊作の問いかけに答えずに愛夜ソフィアはテレビをつける。
BS番組の海外ニュースは、ローマの空港でパイを食らった二人の雇い主の画像をトップで流していた。
「今、ちょうどお嬢様が居る所。
ローマカトリック教会に集まる莫大な寄付金よ」
ローマカトリック教会の寄付金
『ゴルゴ13』でもネタになるアンタッチャブルな存在。
ウィキベティア見るだけでおなか一杯なんですが……
アンブロシアーノ銀行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8E%E9%8A%80%E8%A1%8C




