お嬢様の修学旅行　中等部　一日目

　私たちを乗せた飛行機は予定通り午前九時に成田空港を飛び立つ。

　このままアンカレッジまで順調に行けばおよそ7時間で着くことになるのだが、機長の挨拶で早くもごく一般の旅行と違う所が。が。

「機長の……です。

　今回は帝興エアラインをご利用いただきありがとうございます。

　当機はアンカレッジを経由して最初の目的地のローマに向かいます……。

　なお、訓練として米軍の戦闘機が近くを飛んでいるので、窓から見えるかもしれません。

　どうぞ快適な空の旅をお楽しみください」

　当然のように隣に居る橘由香にひそひそ話。

（ねぇ。米軍の飛行機って……）

（もちろん、この機の護衛でございます）

　三沢から二機のF-16がついてくるだけでなく、アラスカからもお出迎えが来るとか。

　どれだけ警戒しているんだよと思えば、ロシアの国内事情の為だという。

「軍が腐敗してどれだけの馬鹿が出るか分からないんです」

　とはこの件を尋ねた際のアニーシャの言葉。

　何しろ取り消されたが機械の私がかけた殺害の懸賞金がけた違いだったのだ。

「100億ドルって何よ……100億ドルって……」

「そりゃ、お嬢様あちこちから恨み買ってますし、ウォール街お得意のレバレッジもあるんでしょうが、100億ドル出して世界情勢不安のファクターが一つ消えるなら喜んで出すファンドは出るでしょうね」

　そんな馬鹿どもをアンジェラが血まなこになって潰しているのだが、これだけのお金が集まったのに彼らの理論で言うリスクヘッジもあるというのだから目も当てられない。

「競馬あたりのギャンブルを想像していただければ。

　賭けてなくて外れるってのはウォール街では一番評価されないんですよ。

　で、大穴を当てた連中に自分を尻目にバカ騒ぎなんてやられるぐらいならと、大穴も少額賭けておくんですよ」

　そういえば、コンピューターを駆使して全部に賭けて元が取れるかどうかを思いついたのだが、岡崎に止められた覚えが。

「割に合わないですよ。それ。

　日本だと掛け金に対して胴元が先に抜いて残りを回すので、全部賭けても賭けた我々の金がでかくなり過ぎて元が取れないんですよ。

　それをするならブックメーカーをお勧めしますが、レートのいい裏連中はマフィアと組んでいるんで、そこから先は言わなくていいでしょう？」

　賭け事ってのは胴元が儲かるようになっているとはよく言ったものである。

　おかげで、その胴元として絡んでいる競馬の収益は順調で、これは地域還元事業として競馬場周りに金を落とし……話がそれた。

　ブックメーカーは何でも賭け事にするのだが、今回の修学旅行で私が襲撃を受けるかの掛け率がたしか1/36。暗殺されるかが7,776分の1という『高レート』で欧州の治安関係者が奔走しているとかなんとか。

　なお、襲撃の掛け率が高いのは欧州のパイ投げスナイパーがすでに動いている上に、私のテレビの立ち位置がバラエティー女優扱いなのもあるのだろう。きっと。

　そんな訳で、日本円にして一兆円手に入れられるならとロシア軍の高官がよこしまな考えを起こしかねないとか。

「あれ？本州が遠いな」

「ホントだ。何度も北海道行の飛行機乗ったけど、こんなに遠かったっけ？」

　窓から景色を眺めていた生徒の声に私が目くばせすると橘由香もただ頷くのみ。

　つまりそういう事なのだろう。

　何しろ北樺太という主権があいまいで腐敗が根まで届いている素敵な場所があるので、あそこならロシア製の戦闘機を買って飛ばすのではと思ったり思わなかったり。

　岡崎が試しにとあのあたりのブラックマーケットで調べてみたら、パイロットつきのMiG-21が10億円で購入できたので買って悪さをする前に押さえたとか。

　この修学旅行は見えない所で、本当に色々費用がかかっているのである。

「そういえば、帝興エアラインなのよね。

　保有機体を買ってAIRHOにするって話じゃなかったの？」

「はい。そのつもりでしたが、帝興エアライン側が経営再建の広告塔にしたいからと、この路線に多く飛ばしているから囮機も出すという破格の条件を提示していただきまして」

「ぉぅ……」

　つまり、私たちの機の前に誰も乗っていない同型機が飛んでいる上に、米空軍の護衛付きときたか。

　まぁ、機械の私を捕まえる為に身を危険にさらした結果とあれば、この状況は甘んじて受け入れるしかない。

「で、帝興エアラインはどれだけ儲けたのよ？」

「米国航空機メーカーからの受注債務の一部免除が認められたと」

　同時多発テロ事件と感染症のダブルパンチで青息吐息だった航空業界が私という広告塔にどれだけ期待をしているか分かろうというものである。

　なお、この修学旅行が発表されてから、日本人の欧州旅行客が増加してテレビで話題になっているなんて事をしばし忘れて、機上の人になる事を楽しんだのである。

「ちなみに、機内上映される映画って何だっけ？」

「はい。アクション映画とアニメ映画と邦画の三本立てで……」

　見入って、機上の人になるのを忘れたのは内緒だ。