お嬢様の修学旅行　中等部　前日

　修学旅行前日。

　集合場所が成田空港になったのは華族や財閥子弟が多く通う帝都学習館学園らしいといえばらしい理由で、前入りで成田空港近辺のホテルに宿泊しているからだという。

　で、私は優雅に九段下駅から臨時列車で……

「すいません。お嬢様。スジが……」

　知ってた。

　という事でスジが空いた夜10時に臨時列車で成田空港まで。およそ一時間の列車旅で成田空港のホテルへ。

　かつてのテロ未遂の件があったからではないが、帝興エアライン救済の一環で帝興エアラインホテルが桂華グループに売却された中にこの成田のホテルがあった訳で。

　これ幸いと押さえることになったのである。

「というか、過剰警備と思うんですけどー」

　列車内でボやく私だが、六両編成に増車されて西船橋駅で分離して、成田駅に入る前にきっちりと周辺情報を確保するという念の入れよう。

　そんな私への返事とばかりに野月美咲が車窓からとある場所を指さす。

「うわ。なんで撮りに来るのよ……」

「そりゃ、臨時列車ですからねー」

　珍しいものには価値がある。

　ましてや、列車にはダイヤグラムというというものがあり、どんなに隠してもそのスジは見る人が見ればバレるものらしく、あちこちでこのような光景を目撃する事に。

　なお、外に出て手を振ると邪魔と言われておとなしく中に入るようになったのは新潟駅から酒田行の臨時特急で体験済み。

　それもあって彼らに対する側近団周りの敵意が凄い。

　これでもまだ車よりはましという判断なのがまた……

「ちなみに、この列車を走らせる為にうちの北樺警備保障だけでなく、警視庁や千葉県警も総出で警備しているんですからね」

「ぉぅ……」

　あ、イリーナ・ベロソヴァとユーリヤ・モロトヴァが目を逸らしやがった。

　こりゃ、米国とロシアも手を貸していたなと察する私。

　悪さをするスパコンの私を釣り出すためとはいえ、暗殺依頼が出た身である。

　この手の警備は仕方ないと割り切る事にしよう。うん。

「というか、あのインターネット掲示板のホームページを潰すことはできないの？」

「無理です。祭りになっているので、潰せばかえって広がりますよ」

　いらだつ橘由香が指摘したのは野月美咲のノートパソコンのモニターに映る『お嬢様列車の運行を見守るスレ』。

　修学旅行先が欧州と決まってから、即座に臨時列車のスジを探してリアルタイムで運行を見守っている野生のプロたちである。

　いやマジでここまで筒抜けになるともう苦笑するしかない。

「笑っている場合じゃないですよ。お嬢様。

　彼らその気になれば、奉天事件すら起こせる情報を持っているんですよ」

　列車ごと爆発かー。多分しないだろうな。このスレの連中。

　そんな事を察したのはオタでもある野月美咲である。

「しないでしょうね。奴らは列車が撮りたいのであって、お嬢様が乗っている事は問題じゃないので。

　あのゲーム番組のノリと同じですよ」

「なお悪いじゃない……」

　橘由香のぼそっと吐き出した怒気を私も野月美咲も聞かなかったことにした。

　ちなみに最近は肌面積が多い＝お嬢様が苦戦するゲームという認識でインターネット掲示板では、

『色違いから逃げるな』

『耐久して。お嬢様でしょ』

『服を着ろ』

『番組下手でしょ』

『なんで別の色違い出しているんですかねぇ……』

　散々たる有様の上に橘由香以下身内の氷点下以下の視線が、が。

　話がそれた。

「安全が確保されたそうなので成田空港駅まで向かいます」

　結局、成田駅の待機は30分近くになり、車の方が早かったのではと思わないではないがまぁよしとしよう。

　列車がゆっくりと動き出す。

「そういえば、結局私たちが乗る飛行機どれになったの？」

「たしか、747-400に。

　最新鋭機だと、どこにトラブルが潜んでいるのか分からないのと、二年前の事故で安全性の評価が上がりましたからね」

　二年前の事故とは米国の航空会社で起こった緊急着陸事故で、部品の破損にもかかわらず無事に着陸したことが決定打となり帝興エアラインの保有機を買い取って新品同様に整備したというものになっている。

　欧米の飛行機製造メーカー両社を袖にした形だが、最初にアンカレッジに向かうのだから欧州航空機に乗れる訳もなく。

　おまけに、なーぜーかー選挙の応援の名目でアンカレッジ到着後にエアフォースワンがやってくるとか。政治が……政治がからむ……

　ついでにいうと、袖にした欧州側は、

「アンカレッジから欧州に行くのにうちの機使ってくれ」

の懇願を未だやってくる上に、アンカレッジにA300を置いているとか。

　橘由香がそんな欧州側の裏話をぶっちゃける。

「これは岡崎様から聞いたのですが、欧州側の本命はA300ではなかったそうですよ。

　欧州の威信をかけた巨大ジャンボジェット機を用意したかったとか」

　その図面を橘由香に見せられて、たしかにこのでかいのは乗り心地いいだろうなぁとは思うが、それが出てこなかった理由もなんとなく察した。

「つまり、間に合わなかったと？」

「開発が遅れに遅れて現在も工場で組み立て中とか……」

　そんな会話をしながら私たちは成田のホテルに泊まったのである。