思考実験 エルフの国債は買えるのか?
流行に乗るスタイル回
ファンタジーの古典と言われて久しい映画をDVDで見る。
劇場公開にも足を運んだが、CGでここまで凄くなったかと感慨深く思いつつふと気になった事があったので、食事会の後に一条に尋ねてみた。
「ねぇ。一条。
エルフみたいな長寿種の国の国債って買う?」
「表向きには買いたくないですね」
ただの思い付きなのに一条の返事がなかなか趣があるのでつい興が乗ってしまった。
私はなんとも言えない顔をして一条に問い返す。
「表向きは?」
「考えてみてください。
2004年からの100年前は1904年ですよ。
この国なら丁度日露戦争が起こっている頃ですが、その時の国債を100年持ち続けるという事を」
「あー」
国債というものは元本が基本保証されている。
だから満期まで持っているなら基本丸儲けのはずなのだ。
あるものの存在がなければ。
一条がその存在を暗に示す。
「日露戦争の戦費は当時の国税の10倍に相当する20億円だったと言われているそうですよ」
当時の国家予算の10倍が20億円。
今では、不良債権処理のはした金にすらなりはしない金額である。
その存在の名前はインフレという。
なおその後に第一次大戦と第二次大戦があり、戦後復興とバブルがある訳で。
国債は基本満期まで持っているなら丸儲けなのだが、途中換金すると損が出る事もある。
そのパターンは、金利が上昇した時だ。
「金が欲しい時に途中で換金すると損失が確定するのですが、その損失を確定させてもその時の金利が高いと借り換えた方が得というケースがあるのです。
金利が上がるとそういうリスク、専門用語でデュレーションリスクというものを考えないといけなくなるのです」
一条はここで怖い事を言う。
このあたり、第二次大戦が私の知る史実と違う為なのだろう。
「この手の100年債を江戸幕府が出したと考えてみてください。
明治維新で幕府が倒れるので、まず返って来ませんね」
1603年に江戸幕府が開かれたとして徳川家康が発行した100年債ならサインとして欲しい所だが、その後の借り換えは多分徳川綱吉時代か。まだいいかなと思いつつも次の1803年時は徳川家斉時代で寛政の改革の後である。きっと松平定信が必死に100年債をデフォルトさせないように質素倹約に努めて改革したのだろうなんて思うと、想像とはいえ笑みが出ようというもの。
「で、大政奉還が1867年だから、半世紀以上前に買った債権が紙くずになりましたなんてされたら買っていただろう商人たちは大損でしょうね」
「そんな中で生き残った二木や淀屋橋、維新後に勃興した岩崎とかの財閥は伊達じゃないわよねー」
その世界に長く生き残るという事を想像とはいえ、私はしっかりと認識したのである。
その上で、一条の冒頭の質問に戻る。
「じゃあ何で『表向きは』ってつけた訳?」
私の質問に一条は首を振りながら肩をすくめつつ答えた。
身も蓋もない、貸し借りの本質を。
「100年どころか、数百年生きる人の『貸し』ですよ。
たとえ話なら徳川家康自身が未だ生きている訳で、その『貸し』断れます?」
あー。無理だわ。それは。
後日こっちにやって来たアンジェラにも同じ質問をすると、一条とはまた違った答えが返ってきた。
こういうのがウォール街の考え方なのだろう。
「買う事は止めはしませんが、悪用はなさらぬ方がよろしいかと」
「悪用? 長寿種の国債に悪用なんてあるの???」
その視点はまったく気づいていなかった私だが、さすがウォール街。生き馬の目を抜き、他人を蹴落としても利益を得る連中の考え方はこうなのかと納得するしかない。
「超長期債は安定資産ではあるのですが、それゆえに紙くずになった時に一部の人間の逆張りが巨万の富を生むのです」
私でも浮かんだのはアルゼンチン。2001年に破綻したばかりである。
利息というのは、高ければ高いほど危険、つまり返ってこない可能性を示唆している。
このアルゼンチン国債で何が起こっているのかというと、破綻したアルゼンチン国債を一部のヘッジファンドがかき集めて、債権の履行を企んでいるとか。
「あー。長寿種だと言い逃れ出来ないのか」
「先代のした事という言い逃れが出来ないのですから、履行については容赦なく追い詰められますね」
なんつーか、最先端のウォール街の論理というものを見せられて言葉を失う私。
そんな私を知ってか知らずか長寿種の国家形成にアンジェラは踏み込んでくる。
「多分この国、スイスのような永世中立国を狙うんでしょうが、今のご時世厳しいと思いますよ」
「どうして?」
「実際スイスで起こっているのですが、アングラ資金の温床になって、あの同時多発テロの資金源の一つになった訳で。米国はスイス金融機関の守秘義務の破棄を強く要求しているのです」
「あー。そりゃ、厳しいわね」
中立すら許せないグローバルスタンダード全盛期。
それに容赦ない一撃を加えた同時多発テロによりマネーの世界も変革を迫られているのだった。
「けど、お嬢様の周りに起きている事を考えたら、エルフみたいな長寿種が居ると楽なのですけどね」
この話のオチにアンジェラは私に絡めて苦笑せざるを得ない話を持ってきたのである。
「『ロマノフの財宝』なんてこっち側が覚えていないものでも契約者本人が確認できるじゃないですか」
納得。
野生のオルクセンにて本の事を国債とうまい事言っているのを見て、うちは社債だなと飛び乗ったのだが、真面目に異種族系の国債を買えるかの話でネタができたので投稿。
時間軸的には『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』が2003年末に公開されている。
債権についてのお話はこの動画を参考にしている
【米国債】意外と知られていない米国債の基礎知識!個人投資家必見!
https://www.youtube.com/watch?v=1aqxAVlmvx8
金が欲しい時に途中で換金すると損失が確定するのですが、その損失を確定させてもその時の金利が高いと借り換えた方が得というケース
それでぶっ飛んだのがこの間のシリコンバレー銀行。
損失確定と増資が経営不安を呼んで預金大量流出で詰んだ。
なお農林中金もそれで兆を超える損失を出しているのだがあの伏魔殿……(以下略)
スイス金融機関の守秘義務の公開
様々な国際圧力におされて2017年から口座情報を外国の税務当局に開示するようになった。




