医療法人鳥風会深川駅前病院での噂話

「そういえば知っているか？」

「何を？」

「ドクタートレイン。苗穂工場でまた作られたらしい。一編成」

「へー。何処走るんだ？」

「酒田。あのお嬢様の地元だよ。地元の請願で第三セクターを作ってあのあたりを走らせるんだそうだ」

「乗せる医者は？」

「まだ決まっていないが、ここと同じで樺太からの連中だろうよ」

「豊原大学医学部組か。樺太併合時に多くの医者が失業に追い込まれて闇医者になったんだよな」

「最先端医療へのアクセスとかはあの混乱ではできなかっただろうが、予防には十分な腕と知識はあったからな。闇医者で終わらせるのはもったいないが面子が……な」

「その再就職支援でこうして働けているのだから文句は言わんが、あのお嬢様もう少し慎重になった方がいいと思うのは俺だけか？」

「北海道の私立大学に医学部設立支援をした上にこの国の傍流爪弾き者をかき集めたからな。

　帝大の象牙の塔の主からそりゃあ嫌われているとか」

「で、ほいほいとキューバ研修に金を出す訳だ。

　立憲政友党泉川派の金主なのに不用心というかなんというか……」

「おかげさまでハトとアカが元気な訳だ」

「これについては社会還元事業と称して、金を出して口出さないからな。桂華」

「あれだろ。漢方薬や按摩や鍼灸や産婆支援もその流れだろ？」

「ここと釧路の病院ができたのをいい事に、奴らの患者のカルテ共通化も進めているんだよな。

　医療費高騰を東洋医学で肩代わりという旗の振り方は見事なんだが……」

「行政改革特区法をこれでもかと利用しまくっているよな。桂華」

「そこまでしないと一貫した大規模医療体制が構築できなかったともいうが」

「けど、ここまで所場荒らして本土の医者達、文句は言わないのか？

　酒田が通ればうちもうちもと過疎自治体からの声が出てくるのは分かっていただろうに」

「ただの金持ちならこのあたりで叱られただろうが、桂華は中堅とはいえ製薬会社を持っているからな。しかも、合併を繰り返して岩崎と畑辺、メガファーマのアーツノヴァ社とも組んでる。

　向こうからすれば、神秘のヴェールに包まれた東洋医学を科学的に解析して取り込むチャンスでもあるんだよ」

「それにあのお嬢様は気づいていないというか気にしていないと」

「あのお嬢様の本業は金融と総合商社なんだろうよ」

「うちも絡む鉄道は？」

「趣味だろう？　でないとうち含めてこんなに金をぶち込む訳ないだろう？」

「そりゃそうだ」

「ははは」

「ははは」

「で、話を戻すが、酒田のドクタートレイン取りに行くか？」

「しばらくは静観だな。

　あれが作られた事で周辺自治体どころか近隣県すら『うちもうちも』の声が出るのは分かっていたことだ。追加で何編成作られるかで上は取りに行くか決めるだろうよ。

　苗穂工場も量産前提でこの列車を作ったって言っているし、追加発注はあると踏んでいるんだろうな」

「どうせ酒田の奴も地元の医者連中と揉めるだろうからな。

　まぁ、金とコネで黙らせるんだろうが」

「とはいえ、金もコネも惜しまないお嬢様の事だ。

　鶴岡駅前に作られる病院はここと同じく三次救急になるんだろう？

　ドクタートレインだけでなく、自前の列車も持たせるらしいから、救急車ならぬ救急列車も走らせるんだろうし」

「ああ。未だ道が悪い所は地方にはごまんとあるがそんな所は赤字の鉄道が残っている所も多い。

　使われていない駅舎が待合室だけでなく簡易救急室として機能するのも大きいしな」

「県単位で一編成欲しいって話が永田町界隈で聞けたぞ」

「維持の手間とカバーできる範囲を考えたらそれぐらいが妥当だろう。

　まぁ、それにまつわる金やらなにやら狙いなのも否定しないが」

「ただ、これで過疎地域に最低限の医療がカバーできるの……」

「先生！テレビを！！テレビをつけてください！！」

「……ん？　……！？」

「これは……」

『……新潟県中越地方で発生した地震のマグニチュードは6.8。震度は新潟県中越地方が……』

「……でかいな」

「阪神大震災並みの大きさだ。これは被害がシャレにならんことになるぞ……」

「今、道内を走っているドクタートレインの運行一時停止が決まりました。

　この地震の災害支援にドクタートレインを送るとかで上が協議を……」

「なるほどな。こういう時にも役に立つか」

「本領発揮だな。発揮してほしくはなかったが」

「災害ボランティアに参加できる人間を集めろ。

　できれば、明日中には新潟に入っておきたい」

「わかりました！」

「こりゃ、ドクタートレインは広がるぞ。何編成かは知らんが」

「それにまつわる生臭い事は永田町に任せて、俺たちは命を救いに行こうじゃないか」

「ああ。助けを求めている人がいるんだ。なら行かないとな」