ロマノフの財宝 その5
良い場所に行ってきたので。
なおこれは三菱商事の株主優待の一環でチケットが入っていたのでコミケの装備確認がてらに行ってきた。
……え?夏コミやばくね?この暑さ……
東洋文庫
https://toyo-bunko.or.jp/
『さて、次の話題です。
帝国大学及び帝国博物館の調査チームは、帝都学習館学園中央図書館に所蔵されているとある古書がおよそ100年前に書かれたものであるという調査報告書を公表しました。
これはオカルト界隈では「ラスプーチンの魔術書」と呼ばれているもので、ロシア帝国末期の鏡台から発見された上に、その所有者がロシア帝国を支配していたロマノフ家の血を引く桂華院瑠奈公爵令嬢だったことでロマノフ家の財宝が記載されているという噂が流れていましたが、その件については調査団は明確に否定しました。
この調査団には、大英図書館、メトロポリタン美術館、ルーブル美術館、エルミタージュ美術館などから専属の調査員が派遣されており、近く岩崎財閥の岩崎東洋図書館にて公開される予定です。
桂華院瑠奈公爵令嬢については、一部界隈にて「ロマノフ家の財宝を手に入れた」という噂が流れており、この古書の調査結果の公表にてその噂を否定した形になります』
いやー。仕掛けたのは私だけど、見事なまでにお茶の間の話題を搔っ攫っていった。
特に欧米というかロシアではその話題で持ちきりだが、反応は大きく分けて二つ。
「ロマノフ家の血を引く私が持っているのだから、それでいいんじゃね?」
と
「ラスプーチンの魔術書かよ……触りたくねー」
である。
そういう名前なのだ。ラスプーチンという名前は。
なんでこうなったかというと、欧州で騒いだ市民団体はユダヤ系であり、ナチスによって奪われた財産の返還を目的としているのだ。返還が成されれば、その財産は当時のロマノフ家からユダヤ人資本家たちに信託された形になるのだが、私なら当のロマノフ家の血を引いてるわけだし、そのまま持っていいんじゃねというロジックとなる。ところが、ここで強烈にラスプーチンという名前が効く。
怪僧としてロシアの国政に深く関わっていたラスプーチンならロマノフ家の財宝を預けられて当然という納得感と、そのロシア帝国を崩壊に導いた一因として名が知られている彼に預けられた財宝という事でこの財宝のせいで呪われるんじゃねというえもいわれぬ恐怖感が広がったのだ。
何しろロシア帝国も、それを預かったユダヤ人も、そこから財宝を奪ったナチスも、その後で流れただろうソ連すらひどい目にあった訳で。
この騒動の発端になったドイツでは「あれラインの黄金と同じじゃね」なんてオカルト界隈で囁かれる始末。
同時に動き出したのが美術館や図書館系。
学術的調査という形で第三者に財宝そのものを否定する形で火消しを行った上に、一般公開する事でオカルトの力である隠ぺい性をはぎ取ろうという訳だ。
この公開については、薫さん経由で岩崎財閥に協力をお願いして岩崎東洋図書館にて公開する事に。
物がモノだけに、国立博物館とかで公開すると何かあったら首が飛ぶのが文部科学大臣レベルにまで行き兼ねないのと、岩崎財閥の私有物である岩崎東洋図書館ならば、がちがちに警備を増やしても何も問題がないからである。
高宮館長が反対しなかったのかというと、この調査団の団長がその高宮先生だからで、取引として岩崎東洋図書館の全書籍の閲覧と引き換えなのは言うまでもない。
その時の、
「ねぇ。写本していい?」
の一言にドン引きした私と薫さん。あの人ならやりそうなんだよ。岩崎東洋図書館の全書籍写本ぐらい。
いつの時代の人間かと突っ込んではいけない。そういう人と私たちは見なかった事にした。
その一方で、岩崎東洋図書館に貸し出したのならばと先に調査員を送り込んだ図書館・博物館連中も『貸してくれない?』と言ってくる訳で。
そこで始まる複雑怪奇なビブリオバトル。この世界何でもありだなと思い知ったのは、政治家介入は当たり前の上に、その上の王室や貴族が当たり前のように顔を出してくるから質が悪い。
そんな魑魅魍魎相手に、ほぼ独力でこの物語を落ち着かせた高宮館長すげえと私は内心舌を巻いたが、多分見透かされていたんだろうな。
こんな事を言ってきたのだから。
「桂華院さん。良かったわね。
この話、五年前ならろくでもない物語になってたはずよ」
五年前。つまり1999年。その時にこの物語が紡がれていたら、高宮館長といえどもハッピーエンドに導くのは難かったと言われてそりゃそうだよなーと頷くしかない。私と薫さん。
世紀末思想真っ只中で、ノストラダムスというパワーワードが入ってくるのだ。
下手したら、私自身が恐怖の大王になっていたかもしれんと思うと笑みも強張るというもの。
「まぁ、これで機械相手なら負けないでしょうね。
彼らはまだ負ける物語を紡げないから」
「負ける物語?」
私の確認に高宮館長はあっさりと言い切る。
その断言には彼女の物語への思いが込められていた。
「『誰かが勝つ物語』は『誰かが負ける』物語と対にならないと面白くないのよ。
けど、まだ機械はこの対の構造を理解できないから、こういう物語を組んでしまうのよ」
話していないのだが。私の相手が機械だなんて。
まぁ、神戸教授あたりから聞いたのかもしれないが。
私の内心なんて知っているのか知らないのかわからないが、高宮館長は笑顔でアドバイスとエールを送ってくれたのである。
「面白い物語を紡ぎなさい。
それだけで、桂華院さんを物語が守ってくれるわ」
「物語が守る?」
薫さんの確認と高宮館長の返事に私が凍り付いたのは言うまでもない。
この人どこまで見えているんだ……
「教えてあげるわ。
物語に守られる人物をね、私たちはこう呼ぶのよ……」
「……『主人公』って」
ラインの黄金
FGOのすまないさん経由で知る人も多くなったが、もとはワーグナーの楽劇である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E9%BB%84%E9%87%91




