ロマノフの財宝　その3

　多くの学生にとっては、というか私もだが、修学旅行というものは楽しむものである。

　決して政治なんてものが入り込むわけがないのである。本来は。

　私たちの修学旅行の行先がイタリア・フランス・イギリスの欧州に決まった事は欧州では速報で流されるレベルのニュースになった。

　そして、ここからが大変だった。

「6クラスの生徒と先生全員を連れての旅行よね。

　チャーター機でいいんじゃない？」

　およそ200人ちょっとを乗せる訳だが、安全上他の客と一緒はまずかろうという事で私が言うと、橘由香がメモを取る。

　帝都学習館学園の私設トイレにつくられた休憩室で、実質的な旅行プランがつくられていた。

　なにせ、迷惑かけているのは私なので、うちの旅行会社使って、足が出る分は私の安全保障費から出すことに。安全って金がかかると悟るにはまだ若いだろう桂華院瑠奈中等部二年生の秋。

「そのチャーター機なのですが、早くも売り込みが……」

「ぉぅ……」

　セレブの乗ったものは当然PRとして都合がいい訳で、同時多発テロのダメージに2003年の感染症で航空業界のダメージは癒えておらず、それは製造メーカーにまで波及していた。

　そんな中、鴨葱よろしくセレブな私がチャーター機をというのだから、売り込みがまぁ派手なことに。

「何も考えなければ747でいいんじゃない？

　あれなら500人は乗れるでしょう？」

「それが、米国と欧州の航空機会社から売り込みが」

　当たり前だが、AIRHOを持っている私はそこを利用して飛行機の旅をと考えていた訳だが、格安航空会社ゆえに大陸横断旅客機はあまり持っていなかった。

　持っている747とてほとんど貨物機扱いだし破綻して経営再建中の帝興エアラインからその手の飛行機を引き抜いて使うか、という考えを嗅ぎつけた航空機メーカーが帝興エアライン経由で売り込みをかけているとか。

「航空機メーカーは帝興エアライン向けの航空機のキャンセル機を提供するだけでなく、帝興エアラインの債務についても考えてもいいと」

「あれ、国案件なのになんで私への売り込みで債務の話にまで広がっているのよ？」

「欧州の航空会社のセレブ機、およびセレブリティークラスのPRになるとかで」

「あー」

　ガチだ。売り込みがガチである。

　私の胸先三寸で決まる事なので、一応機種も聞いておく。

「で、747の代わりに何に乗れって？」

「777とA330-200ですね。

　あと、航路については両社ともにアンカレッジ経由をと言ってきています」

「うわぁ……」

　航空会社ほど国策が入り込む会社はない。

　この時期の欧州直行便はロシアを横断するのが一番早いのだが、欧米の政府がここは一致して『ロシアの空を通るな』と忠告というか警告している訳だ。

　理由はもちろん『ロマノフの財宝』である。

　ロシア上空で不幸にも私がテロリスト相手に撃墜された場合、そのロマノフの財宝が宙に浮く訳で。

　それ狙いの馬鹿の発生を予測し、ロシア政府はそれを抑えきれないと読んでいるのだろう。

「乗る飛行機についてはひとまず置いておくとして、アンカレッジ経由なら北だから最初に降りるのはヒースロー？」

「ローマで問題はないと思いますが、行きたいのはローマとヴェネツィアでしょうか？」

「そう。ローマを観光し次はヴェネツィアを見て、パリに飛んで、ロンドンという感じ。

　ローマ着で一泊。観光後ヴェネツィアで一泊。観光後パリに飛んで一泊。パリで観光してロンドンに飛んで一泊。ロンドンを観光して飛行機で帰国って感じ？」

「飛行時間は丸一日かかるでしょうから、往復で二日。この手の旅には万一の予備日を入れるので、もう一日入れて一週間という所でしょうか？」

「まぁ、そんな感じ。

　ホテルについてはうちの系列あったかしら？

　あれば使うし、なければ買うわ」

「かしこまりました。お嬢様」

　ローマでは古代ローマの遺跡を見たり、バチカンの大聖堂を見学したり。

　ヴェネツィアではゴンドラに乗ってサンマルコ広場を見物したり、パリは凱旋門を見た後でルーブル美術館かなぁ？

　ロンドンは大英博物館をなんて考えている私だが、ふと嫌な事に気づいた。

　安全上アンカレッジルートを通るのはいいとして、そのまま給油が終わるまで機内でというのはないだろうからロビーで休憩とかする訳で。

　大統領選真っ只中の米国で。

　アラスカ州は共和党が強い州だが、そういう場所に私が『たまたま』乗り込む意味を機械の私はどう考える？

　多分手は読むだろうが、連続的に広がるゲーム盤のひっくり返しを機械の私は『機械ゆえに』理解できない。

　ルール上の手の打ちは早いが、ルールそのものを書き換えてゆくゲームを機械は理解できるのだろうか？

　ならば、もう一つ手を打っておくか。

「ねぇ。由香さん。高宮館長の所に行ってほしいのだけど」

　あのラスプーチンのグリモワールが本物ならば、間違いなくこの騒動をひっくり返す劇薬になる。

　それをどう読むか？

　いや、それでゲームのルールをどう書き換えるか？

　私は凛とした声で橘由香に高宮中央図書館館長にアポを取って、あの鬼札を公表する事にした。