ロマノフの財宝 その2
あ、八月に六巻出ます。
相手の目的は理解した。
ではそれを踏まえてどう戦うかである。
こういうのは年の功とばかりに橘と藤堂と天満橋のおっさんを呼ぶ。
「で、どうする?これ?」
「そうですな。まず大前提としてお嬢様は動いてはいけません。
どう動いてもいい様に使われます」
橘はピシャリという。
こういう所の動きは『成功する』手ではなく『失敗しない』手なのがポイント。
天満橋のおっさんが続いて感心するような声を出す。
「また相手もえげつない手ぇ考えますな。
意図的に嬢ちゃんが動ける場所を残しよる」
壁にかけられた時計付きの世界地図を眺める。
北米。米国にもこの騒動の余波が届いているのだろうが、まだそれほど目立った動きは見せていなかった。
「米国大統領選挙は共和党大会が終わり、今の所は現職がリードしています。
とはいえ、このまま終わるかどうかわからないのが米国大統領選挙なのです」
藤堂が言うと今度はモニターに米国の地図が出て赤と青の色に分けられる。
米国大統領選挙は有権者の票数ではなく、州ごとの選挙人を決め、その州の勝者が総取りするというややこしいシステムを採用している。
結果、有権者の票では勝ったのに、選挙人で負けたというのが2000年の大統領選挙である。
という訳で、共和党・民主党共に早くも盛り上がっていた。
「現状、大統領選挙は接戦州の動向が勝負を決めるのですが、フロリダ・オハイオ・ペンシルパニアの三州のうち二つを取れるかが勝負になるでしょう。
オハイオは現状共和党が固めました。ペンシルバニア州は民主党がおそらく取る事になるでしょう。
となると……」
橘の説明はここで途切れる。
前回もおお揉めに揉めた州で、ここに私は前回共和党支援を行ったのだ。
「フロリダ州。ここの動向が決定的にものをいうという訳ね」
「そして、今のお嬢様にちょっかいを出している連中の本命がここです」
私の確認に橘が言い切る。
ここまでワールドワイドなグレートゲームをしかけるのだから、すでに手を出しているフロリダ州で私が動いたら何をするか分かったものじゃない。
暗にここで動くなと橘は言っていた。
かといって動かないのもしゃくである。
で、もう一つ手を出している州を思いだした。
「カリフォルニア州。
ここに手を出すのは嫌がらせとしては悪くないでしょう?」
民主党の金城湯池だったのだが、ハリウッド俳優が民主党名家の嫁を得て奇跡の共和党知事が爆誕し、先にあげた共和党大会では主役の一人として大いに場を沸かしていたのである。
となれば、民主党側も黙ってはおらず、両者共に躍起になるという訳で、それはフロリダ州での民主党の選挙運動の減少として跳ね返るだろう。
「嫌がらせとしてはありです」
「ただ、それを機械がどう読むかでんな」
私の言葉に藤堂が続き、天満橋のおっさんが補足する。
そうなのだ。今回の相手は機械の私である。
おそらくこの嫌がらせも読んでいるはずだ。
「お嬢様のご判断で米国大統領選挙が混乱する。内政介入という形で我々を叩くでしょう。
向こう側に私がついてお嬢様に助言するとなればそう申します」
橘の言葉に目から鱗が落ちた。
そうだ。たとえ相手が機械の私だとしても、向こうには橘や藤堂や天満橋はいない。
これは、私のアドバンテージと言っていいだろう。
私の気づきに、藤堂と天満橋も気づいた。
「要するに、『休むも相場』です。
今、手を出してもろくな事にならない。
情勢から大統領が有利な今、手を出すのはまだ先でいいと思います」
「やっこさんがこないな大仕掛けしてきたんは、嬢ちゃんがこの騒動にかかわってからや。
今、嬢ちゃんが動くと向こうは読んでるんやろな」
藤堂と天満橋が畳みかける。
これは私の思考の癖なのか、すぐに答えを出そうとする。
その答えを見透かされたようでなんだか気恥ずかしかった。
動くにしても無為に動くのは悪手である。
「じゃあ、この嫌がらせはどうする?」
私は米国大統領選挙の地図を見ながら聞く。
「何もしないのが一番です」
橘が答えると他の者も頷いたのだった。
だんだんと相手の、というか機械の私の思考が読めてきた。
『不利な時の私ならこうする』で仕掛けている訳で、今の私は機械の私より有利な位置にいる。
これはそういう話なのだ。
「じゃあ、何もしなくていいの?」
私はあえて尋ねると、三人とも首を横に振る。
長い付き合いになる橘が、大博打を打った時の私を見るかの如く無表情で言い切る。
「お嬢様がこの手の絡め手を仕掛ける場合、他の場所についてはどうなさいますか?」
「そりゃあ、手を打つでしょう。本命に追い込むために、逃げ道を塞いで」
私の断言に私自身橘が何を言いたいか理解できた。
不利だから塞いだ逃げ道だが、有利の私ならその逃げ道をぶち抜けるかもしれないのだ。
となると、仕掛けるのは現在渦中の欧州。
「どうしかけるの?」
私の楽しそうな声に橘は往年のフィクサーらしい目で私自身を賭けた。
「お嬢様。帝都学習館学園中等部の修学旅行の行先がまだ決まっておりません」
「うわー。えげつなー」
察した私の声に橘が目的地を告げる。
そりゃ、行きたかった場所でもあるから、希望は出したけどさぁ。
かくして、帝都学習館学園修学旅行がイタリア・フランス・イギリスの欧州三か国訪問に決まった瞬間、欧州では速報が流れたのである。
修学旅行先
実は『マリみて』と『謙虚、堅実をモットーに生きております!』のオマージュである。
ローマ・ヴェネツィア・パリ・ロンドンの予定。
瑞穂「このままでは私の出番が来ないので、エタらないようにブックマークや評価をお願いします」
???「今回はワイの登場でんな」
瑞穂「えっと貴方は?」
天満橋「六巻から本格的に登場させてもらう天満橋満や。よろしゅうに」
瑞穂「加筆時に苦労したのが関西弁大丈夫かと作者は頭を抱えたそうですよ」
天満橋「しゃあない。その辺はもう苦労してもらって」
瑞穂「けど、この人好きっていう人多いんですよねー」
天満橋「一応モデルは居るんやが、迷惑がかかるんで表向きは『不毛地帯』の鮫島航空機部長の元いう事にしておくんなはれ」
瑞穂「(資料を見ながら)その下の部下連中も曲者ぞろいですね……」
天満橋「そんな連中でないと世界相手に物を売る事はできまへんわ」
瑞穂「ただ、作者が資料として重宝している『溜池通信』の人、その元ネタの政敵派閥の社長についていたんですよね」
天満橋「過去と縁というのはどこで繋がるかわからんもんやな」
瑞穂「参考資料は『我れ百倍働けど悔いなし』(仲 俊二郎 栄光出版社 2011年)です」




