ロマノフの財宝 その1
「ノーコメント」
「その件は広報に聞いてください」
「わかりません」
欧州で発火したロマノフ家の財宝をめぐる報道についての私のコメントはほぼこれである。
欧州では発火元のベルリンからプライベートバンクがあるスイスに飛び火し、それがモスクワに連鎖するというありさまなのだが、これに激烈に反応した米国政府がこれを必死に鎮火させようと火に油を注ぐ始末。かくして当事者不在でお祭りが展開されているのである。
「実をいうとお嬢様がロマノフ家の財宝を持つことについて皆反対している訳じゃないんですよ」
欧州で事態収拾にあたっていた岡崎の顔はげんなりしていた。
こいつ湾岸で南イラク関連で奔走していたのに欧州に引っ張られており、昔のジャパニーズビジネスマンもかくやという働きぶりである。
「そうなの?」
「ええ。お嬢様もロマノフ家の血は引いていらっしゃるので」
ぽんと手を打つ私。ムーンライトファンドのオペレーティングルームでの会話である。
岡崎はそんな私を前にこの話のロジックを改めて説明する。
「ワシントン原則は『ナチスに没収された美術品に関するワシントン原則』が正式名称です。
だから、本来はこの話は無関係のはずなんですよ」
第二次世界大戦勃発が1939年。
第一次世界大戦途中でロシア帝国崩壊となった二月革命が1917年である。
本来ならば無関係なこれを繋ぐ欧州の闇を私は口にする。
「これを繋げたのがユダヤ人という訳ね」
「ええ。当時の国際金融はユダヤ人の存在抜きでは語れませんからね。
まぁ、ロシア帝国でも反ユダヤ人と弾圧はあったのですが、ここではおいておきましょう。
今回の話のロジックは、第一次大戦を戦ったロシア帝国がそのロマノフ家の財宝を担保に戦費を調達し、ユダヤ人にその財宝が渡った。それをナチスが略奪したというものです」
「……あれ?おかしくない?
それでどうして私の持っていない財宝が問題になる訳?」
最初から言いがかりなのだが、改めてみると粗しかない話である。
とはいえ、マスコミが騒いで国家が動けばその話も『本物』にひっくり返るのが国際政治の怖い所。
「この話、意図的に話を混同させているんですよ。
あれだけの大戦です。ロシアの富が各国に流れたのも、ユダヤ人の富をナチスが略奪したのもまず間違いがありません。
この話に信憑性を持たせたのは、極東にいるロマノフ家のお嬢様がその財宝を手にする仕掛けの方です」
ここまで言われると私にも筋が見えてくる。便利だったものなぁ。あれ。
「……スイスのプライベートバンク」
「その通りです。世界の富の十分の一を保有していたというロマノフ家。その財宝は一括管理できる訳もなく、分割管理され、ロマノフ家やロシア・ソ連政府が知らない間にスイスに流れた。
ここから話がややこしくなるんですが、ナチスドイツとスイスの金融機関が第二次大戦中にいろいろと仲の良い事をしていたみたいで……」
「ぉぅ……」
岡崎の何とも言えない顔に私も天を仰ぐ。
具体的にはこうだ。ナチスがユダヤ人から奪った富をスイスの金融機関に預けるが、当然そのまま使ったらバレる。
で、スイスの金融機関にはロマノフ家の財宝という持ち主がいなくなった大金が眠っていたので、ユダヤ人の富を担保に、ロマノフ家の財宝を引き出して戦費に充てる。
おまけにナチスが滅亡して東西冷戦がはじまったもので、その富をソ連に返すのはと欧米がスイスの肩をもってバックレた結果、東側がめでたく崩壊。かくして丸儲けと思った所にユダヤ人が返還を求めだしたと。
「で、東側崩壊で向こうの色々もバレた。
当然旧ソ連をはじめとした東側もスイスのプライベートバンクと仲が良かった訳で、火がついたら最後、燃え尽きるまで燃え上るでしょうな」
「その実態がないのに燃えるんだから欧州ってのは……」
悪魔の証明を求められているのに、状況証拠は真っ黒というのがもぉ……そんな私に岡崎がとどめを刺す。
聞けば聞くほどげんなりする話であるが、岡崎はとりあえずの解決策を提示する。
「スイスの金融機関とユダヤ人については98年に和解が成立しています。
その額は12億5千万ドルです。今のお嬢様に出せない金額ではないでしょう?」
「まぁ、そのぐらいのお金でこの泥沼から抜け出せるのならポンと払うわよ。千二百億どころかその倍でも」
下手すりゃ桁一つ上げてぶん殴って黙らせることもできる今の私。
そりゃ、ロマノフ家の財宝持ちなんて言われるのもまぁわからなくはないのだが。
わたしのげんなり顔に岡崎はとても楽しそうな笑みを浮かべる。
「お嬢様。奴らの狙いはそれです。
ない所からロマノフ家の財宝を顕在化させる事でお嬢様をロマノフ家の後継者として立たせて、南イラク首長国の嫁にという話を完全に潰し、新生ロシア帝国皇后なり女帝としてお嬢様を表舞台に立たせる事が。
絶対に払ったらいけません」
欧州情勢は複雑怪奇。
その歴史と血筋に私は天を仰ぐことすらできずに、ただグレープジュースを飲むことでその返事とした。
ロシアにおける反ユダヤ主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%8F%8D%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%B8%BB%E7%BE%A9
スイス銀行とホロコースト
https://www.swissinfo.ch/jpn/society/%E4%BC%91%E7%9C%A0%E5%8F%A3%E5%BA%A7_%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E7%8A%A0%E7%89%B2%E8%80%85%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E8%B3%A0%E5%84%9F%E5%90%88%E6%84%8F%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB%E7%B5%90%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B/44337582
そんなスイス銀行の今
https://globalnewsview.org/archives/18334




