湾岸カーレース 秋予選 その5
このあたりのエントリーはもちろん『湾岸MIDNIGHT』の影響を受けている。
「やぁ。樺太以来だね」
「来ていると思っていましたよ。殿下」
レース前の撮影の後で声をかけられたので振り向くと石油王の殿下が笑っていた。
レースチームのユニフォームを着ていたからまさかレースに出るのではと思ったところで先に口を出される。
「残念ながら、チームオーナーとしてだよ。
出たかったが、この国の法律に邪魔されてね」
「文句は国の方にお願いします」
彼のチームの車を見ると、実に石油王らしい車がデンと。
その派手さと高さは私でも知っていた。
「フェラーリ・テスタロッサ。
君を助手席に乗せて走るために買ったんだが、お披露目するならこういう場がふさわしいだろう?」
「否定はしませんが、負けた時が大変ですよ」
私の苦笑に殿下は考えていないような顔をして軽く笑う。スタッフのユニフォームが赤いあたり、メーカー直下のチームを金で押さえたな。
負けを考えないぐらいに金とコネをかけている訳だ。
「予選で負けるようなケチな買い物はしていないよ」
「殿下がこうしていらっしゃるという事は、騎士見習いの方も?」
「ああ。ポルシェ911で出張ってきている。
少なくとも彼には勝つようにチームに厳命しているけどね」
すさまじきは面子争い。まだ栄一くんたち日本勢を視野に入れていないあたり原作どおりだなぁと私は苦笑するしかない。
その苦笑に殿下が気づく。
「何か笑われるようなことをしたかい?」
「勝負事で勝ちしか考えていないなんてお羨ましい事でと思っただけですわ。
日本車のホームでそれを言い続けられるか、楽しみにしていますね」
軽く手を振って今度は騎士見習いのチームの所へ。
こっちもメーカーチームを用意したらしく、明らかに他のチームと気合が違う。
「こんばんは。殿下にこちらにいらっしゃると言われたので」
「いらっしゃい。レース前だからたいしたお相手はできないと思うけど、歓迎するよ」
殿下と違い騎士見習いの方はびしっとスーツ姿で私に応対してくれた。
そのあたり、意気込みが殿下の所以上に伝わってくる。
「殿下から『911には負けない』なんて言われて来てみましたが」
「その言葉はレースが始まったら分かるよ」
レース前にこれだけの気迫を出せるのだから、本当に彼らはホームで負け知らずなんだろうなぁ。
そう思いながら、彼らのポルシェを見ると明らかに金を掛けたのがわかる。
「また勝ちに来ていますね。これ。野良レースなのに」
「世界第二位の経済大国の市場に殴り込める格好のPRの上に、実質的な主催者が貴女だ。
良い所を見せたいと思うのは当然でしょう?」
「敵が多くなりすぎるのも考え物ですね」
私の苦笑に、騎士見習いも苦笑した。
私もチームを率いているのだ。負けるとわかってレースに挑むものでもない。
そうこう言っているとレース開始の時間が迫ってきた。
「ではお互い頑張りましょう」
「はい。お手柔らかに」
そんな挨拶を交わして、私は自分のチームのピットに戻る。
すでに栄一くん、裕次郎くん、光也くんの三人がチームクルーに混じっていろいろ話していた。
「ただいまー」
「瑠奈。遅いぞ」
「仕方ないよ。桂華院さんはこのレース全体のレースクイーンでもあるんだから」
「桂華院も一応見てくれ。
今回エントリーした車とドライバーだ」
光也くんから渡される資料。
私はチームオーナーの一員として資料にざっと目を通す。
そこに書かれているのは、私が知っている名前ばかり。改めてテイア自動車のガチ連中がこのレース勝ちに来ているのがわかる。
なお、テイア自動車の本命チームはあっちの方でハイブリッド車をPRしていた。
「瑠奈。後でいいから向こうにも顔をだしてくれると助かる」
「はいはい。これも世間のしがらみってやつね。で、あれ勝てるの?」
私がハイブリッド車チームの方を眺めると栄一君が何とも言えない顔になる。
その表情だけで十分。このレース、どう考えても勝ちに行っていない事を察した。
「完走が目的だ。予選通過できればいいが……」
ハイブリッド車はまだまだ最新技術である。それをこの手のレースに出してきたテイア自動車の意気込みが分かるが、意気込みで勝てるほどレースというのは甘くないのも事実。
むしろ、レース決戦機を出してきた鮎川自動車、鈴鹿技研工業、岩崎自動車、巽自動車、中島重工などの各自動車メーカーチームはうちをテイア自動車の本命とみているとか。さもありなん。
「まぁ、負けることはないわよ」
丁度テレビカメラが集まってきたし、局長たちから教えられたお勉強を披露することにしよう。
私はカメラに向かってポーズをとりながら、自チームの車をバックに高らかに宣言してみせたのである。
「だって、私たちの車が、このレースの基準になるんですから!!!」
こうして、曖昧な野良レースの予選前に追加ルールというか基準がやっと提示されたのである。
後の話になるが、二回目以降はちゃんとした選定委員会が開かれて、選定された基準車をレースクイーンが宣言する『クイーンズ・オーダー』としてイベント化する事になるのだが、レース開始前のこの宣言にうち以外の全チームが狼狽えてレギュレーションの確認に走り、予選開始が遅れたが視聴率は深夜放送なのに爆上げしたという事を記しておく。
ネタバラシ。
このけれんみは『料理の鉄人』が元ネタ。
なお、扶桑社文庫で小山薫堂氏が小説化している。
彼の関わった作品を眺めると、この人のいたフジテレビが好きだったのだなと感慨深く……




