湾岸カーレース 秋予選 その4
今日のお嬢様は水着ゴトランド。
多分この次はレースクイーンボルチモア。
「はい!お嬢様!笑って!」
レース開始前に参加車の横にきわどい衣装のおねーさんたちが笑顔で並ぶ。
なお、グリッドガールが彼女たちの本来の呼称で、車のレース前配置を案内するためにレーサーの名前と番号が書かれたプラカードを持って立つからこの名前で呼ばれる。じゃあレースクイーンって何となると、レース全体のシンボル的存在、たとえば表彰台にて優勝者にトロフィーを渡したりする役だとか。
「まあ、そのあたりは曖昧になって、まとめてレースクイーンて呼ばれているんだけどね」
写真家の石川信光先生は実に楽しそうに私を撮るが、その前後左右というかいるわいるわのその手のおねーさん方。
野良レースでルールなんてあってなきようなものの弊害の最たるものがこのレースクイーンで、いるわいるわで公認非公認合わせると三百人は超えているとか。
まぁ、その頂点に君臨しているのが私なのだが。大会スポンサーの一人ですし、どうもゲームデザイナーでもあるみたいなので。
そんな偉い人なのに、なんで水着にホットパンツでモデルをしているのか?これがわからない。
「というか、非公認って何ですか?非公認って??」
ほぼノリで言われるがままに水着を着て麦わら帽子を弄りながら、予選前のお祭り騒ぎのど真ん中の撮影で、誰がボスか分からせるというのが石川先生の主張だが、先生以外にもカメラマンが写真を撮っているから私の周りにサークルができている。
「レースクイーンがタレントやアイドルの登竜門の一つになっているからね。
しかも富嶽テレビのおひざ元でしょう。ここで目立てばその先も夢ではないわ」
そもそもレースクイーンはレースイベントの運営から呼びかけられて出るものであって、なろうとしてなれるものではないらしいが、何しろ綺麗どころならだれでもOKとほざく人が目の前で私の写真を撮っている訳で。
運よくお声がかかるならスター街道のチケットゲットな訳で、レースクイーンの皆さんも必死である。
「実際、このレース助かるのよ。
少し前、過激化するレースクイーン絡みで騒動があってね」
「聞きたくないですけど、何があったんですか?」
「スポンサーにAVメーカー……」
「おーけーわかったから言わないでください」
「まぁ、このレースお嬢様が出て私が撮るから、治外法権……」
「はったおしますよ!先生!!」
怒る私に冷や水を浴びせるフラッシュの嵐。
してやったりの石川先生を見て、他のカメラマンに見せ場を与えたのかと気づいたけど後の祭り。
「お嬢様は怒っても絵になるでしょう?」
「むー」
誉め言葉なのか勝利宣言なのか分からないが、この喜怒哀楽の撮影が終わるまで三分ほどを要する事になった。
そしてカメラマンたちが入れ替わる。
何しろレースクイーンだけで三百人もいるのだからカメラマンも大変だ。
その全てを撮れる訳でもないから……ん?派手に撮っているカメラマンがそこそこいるな?
「デジタルカメラって奴よ。
一眼レフでもデジタルカメラが出たから、流行っているのよ」
「先生はデジタルカメラは使わないんですか?」
「使うわよ。撮り直し楽だし」
ちゃんと時代に適応できているらしい。
まぁ、この人カメラの腕というより、女性を撮る事に執念をかけているみたいなので、道具についてこだわりはないのかもしれない。
その最重要被写体が私という事を見なければだが。
「私がお嬢様の撮影を『時代を撮る』って言ったのは聞いた事あるでしょう?」
「たしか、白崎監督との酒の席でしたっけ?
二人のアドバイスのおかげで、ここでの私はサラ・ベルナールを演じていますよ。
流石に棺桶には入りませんが」
私たちの会話の最中にも容赦なくフラッシュがたかれる。
それを無視するわけにもいかないから、私はそれに合わせてポージングを変える。
もっとも私の意識はほとんど撮影の方には向いていないが。
その様子に周りのカメラマンが一瞬固まり、それでも何とか撮影を継続する辺りさすがプロである。
「時代って最強のルールなのよ。
何人たりとも逆らう事ができないんだから」
「また語りますね。先生」
「まぁ、局長から伝えてくれと言われたことを今思い出したのだけどね」
「だと思いました。白崎監督からも聞かされましたよ。それ」
石川先生がフラッシュをたくのはこういう会話シーンの時だ。
そのあたり、彼のこだわりなのだろう。
「ほら。ヌードって色々規制があってね。
私はそれを掻い潜る側だから、その発想はなかったのだけど……」
「だけど?」
「お嬢様のヌードを撮りたいと言い続けたのだけど、最近明らかに流れが変わってきたのよねー。
お嬢様の裸というルールに合わせて、周囲の規制が明らかに緩くなってきているのよ。
ルールを味方につけるってこういう事なのかって感心している所」
「ぉぅ……」
麦わら帽子で顔を隠して天を仰ぐ私。
少し前なら華族特権で言い逃れてきていたのだが、今では検察審査会経由で引っ張れるので法解釈と運用で周囲がざわめいているのだった。
ここで問題なのが、裸を撮った石川先生を逮捕するだけならいいが、その被写体である私も逮捕される可能性がある訳で、石川先生や私みたいな大物の仕掛けそのものが、前例として法解釈と運用に適用されるという理屈だ。
なるほど。ルールというものはこんな所にも存在している。
「私が戦場に行く写真が出回るぐらいならば、私の裸の写真が出回る方がましだとある方々は考えているそうで」
私の一言でざわつく周囲。
この一言もあいまいだが指針というルールになるのだろう。
ああ。人生というものは学ぼうと思えばどこでも学べる。
「まぁ、私も棺桶の中のお嬢様を撮るぐらいなら、裸のお嬢様を撮りたい訳だし」
「ですよねー」
そんな感じでイベントタイム終了。
レースクイーンたちが去り、スタッフたちが車の点検を始め、エンジン音が深夜のお台場に響き渡るのを聞きながら、私はふと石川先生に尋ねた。
「先生だったら、サラ・ベルナールの裸、どんな感じで撮ります?」
「今の話でインスピレーションが湧いたけど、彼女は棺桶の中で裸にしたいわね」
レースクイーン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%B3
ちょうどこの頃が全盛期だった。
なお、神奈水城と北斗千春もレースクイーン参加で、神奈一門扱いでどこぞの人妻女子高生も引っ張られるという裏話を。
もちろん、ユーリヤ・モロトヴァも逃げられなかった。
デジタルカメラ
デジタル一眼レフがこの頃発売され大ブームに。石川先生はD1からD2Hかな。
サラ・ベルナールの棺桶
ポプラ社のコミック版世界の伝記で確認。結構有名な話らしい。
なお、表紙絵のサラ・ベルナールに一目ぼれして即ポチった。




