湾岸カーレース 秋予選 その1
気づいてみたら時というのは進むもので、急激な規模拡大によって参加者が増えた湾岸カーレース。一次予選に集まった車は46台にのぼる。
今日はその予選前日のお披露目という事で、東京国際展示場にそれぞれのチーム車が集まっていた。
「ずいぶん大きくなったわねー」
「国内外のメーカーだけでなく、ハリウッドが噛みましたからね。
おかげで、米国のガーファネットワークは人気がうなぎ上りで元はとれたと担当役員がお礼を言ってましたよ」
富嶽テレビVIPルームでスポーツ局長は実にいい笑顔を私に向ける。
眠らない街東京。その世界に誇れる夜景の中、流れる血液にも見えるテールライトがコースとなる首都高湾岸線にだけは無く、ぽっかりと道路照明のみが光っている。
「ガーファコーポレーションはこれで稼ぎ、アヴァロン・アトランティックはお抱えタレントをハリウッドに送り込む。
フェブエッジは買収したブックメーカーを利用して賭けの胴元となり、富嶽テレビは湾岸カジノ構想を進められる。
結構な事じゃない」
「その中でお嬢様の取り分が少ないと気にしている人もいるみたいですが」
局長の言葉に鏡に映った私の顔が曇る。
予選でも私はレースクイーンとして出るので現在その準備中である。
「うちは富嶽放送の株を持っているから配当で潤うし、湾岸再開発と湾岸カジノは桂華グループも噛む一大プロジェクト。私はこうしてレースクイーンの真似事もできるし十分な取り分じゃないの?」
「人の欲は底がないですからな。お嬢様。
妙な連中に絡まれているそうで?」
「……みんな外してちょうだい」
私の声でメイドたちが一礼して離れるが、橘由香とエヴァ・シャロン、アニーシャ・エゴロワの三人は残る。
エヴァがOKのハンドサインを見せたという事は盗聴などは掃除済みなのだろう。
「その話どこから?」
「パリ支局から。
そこの支局長が同期で」
「あまり藪をつついて蛇が出ても知らないわよ」
「テレビってのは、それで驚く絵が撮れるなら喜んでつつくものです。
正直、これに仕掛けてくるかなと思って期待していたのですが、梨のつぶてで」
エヴァとアニーシャをメイドと侮っているのか、それとも米国とロシアに流れても構わないと高をくくっているのか。わからないのが実に困るが、局長のへらへら顔の口からは面白いワードが漏れてくる。
「このレース、FIAが散々口を挟もうといろいろしているのはご存じでしょう?
裁判とかは欧米で行われていますが、主戦場は欧州です。
で、アヴァロン・アトランティックからの情報ですが、FIAが大幅譲歩の姿勢を見せていると」
「喜ばしい事じゃないの。
これでこのレース続けられるじゃない」
思ってもいない事を私が言うと、私とたぶん似たような顔で局長も追随する。
スポーツ局局長まで上り詰めただけに、その政治的嗅覚は下手したら報道局政治部より鋭い。
「まさか!こうやって油断させておいて、ルールを一気に書き換えるのは欧州のいつもの手段なんです。奴ら、何か企んでいると思っていたら、お嬢様がらみで面白い話が聞けたと。
特撮映画でも作れそうですな」
なんとなく、背景が見えてくる。
米国大統領選挙というグレートゲームで先頭を走っている私に、ろくでもない奴が仕立てた機械の私をライバルとして走らせ、欧州はその外馬に乗ったと。
だとしたら、私が絡むこの湾岸カーレースはたしかに何か仕掛けるのならうってつけだろう。
「エヴァ。一応聞くけど警備は?」
「首都高湾岸線の封鎖は警察の全面協力で行われています」
「それに、北樺警備保障を中核とした警備会社四千人が会場各所で警備についており、監視カメラやスタッフによるチェックも異常はありません」
エヴァの後にアニーシャが続く。二人の事だから、この他にも米国やロシアの工作員が秘密裏に警備と不審者チェックをしているのだろう。
「事故を装ったテロは無いわね。
仕掛けたとしても私は止まらないし」
「お嬢様を直接狙うテロも二番煎じだから面白くない。
ワンパターンは視聴者に飽きられるものです」
むっとした橘由香を目線で制す。この局長は現実とテレビ画面の区別がついていない気がするが、それゆえにテレビ画面を現実に持ってこようとする。
「局長。あなただったら、どうする?」
「機械はテレビを見ませんからな。
他局ですが、お嬢様にいやがらせするのならば、サイコロが良い例かと」
「……ああ。なるほど」
私はサイコロはほとんど振らないし、振らせてもらえない。
代わりに大人たちがサイコロを振ってはかた……うっ頭が。
「ありがとう。参考にするわ」
「では、予選式典までおくつろぎください」
そういって局長が出てゆき、レースクイーンとして出ようかという所で岡崎から緊急電が入る。
取ると、その声はあきらかにしてやられたといわんばかりに興奮していた。
「お嬢様!!
ベルリンからの緊急電です。
向こうの市民団体がワシントン原則を持ち出して、ロマノフ家の遺産の返還を名目にムーンライトファンドの監査を求めています!
スイスのプライベートバンクは守秘義務を盾にこれを拒否して、裁判になりそうで、これにロシアが反応しています!!!」
ワシントン原則
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%B2%A1%E5%8F%8E%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%BE%8E%E8%A1%93%E5%93%81%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E5%8E%9F%E5%89%87




