コングロマリット・ディスカウント その6
「国内で派手に動いとるのは、二木淀屋橋銀行でんな。
解体されるだろう穂波銀行を丸飲みしようとして、帝亜の連中に呆れられたのは有名な話ですわ」
帝西百貨店の話を聞くつもりだったのに、さも当然のごとく桂華金融ホールディングスを含めた金融大再編の話に持って行くおっさん……じゃなかった天満橋満桂華商会副社長。
雑談よろしく話しているが、内容は割と本命なあたり話し上手というか、聞き出し上手というか……これはこれで楽しいからいいのだけど。
「うちにも食指伸ばしとったのは知ってまっか?」
「何それ聞いていないんだけど!?」
まさか、うちこと桂華金融ホールディングスまでターゲットにされているなんて初耳である。
とはいえ、規模をデカくしなければ生き残れない金融大再編だからこそ、驚きこそすれ納得はする。
「元々は証券会社を持ってへん帝都岩崎銀行が桂華金融ホールディングスをいつかは食うっちゅう話やったんですわ。
それやったら、先に食べてまえっちゅうのが発想の元みたいでんな。
まぁ、嬢ちゃんの家である桂華院家は岩崎財閥の親戚みたいなもんやから、話が流れて穂波銀行の方に食いついたと」
「あー。なんとなく理解したわ。
財界も奇々怪々よねー」
「まぁ、それもこれも、嬢ちゃんが未成年である事が原因ですわ。
大人になるまではこういう騒動が起こると思うときなはれ」
そう言って笑う天満橋のおっさんに、私はため息を吐くしかない。
本当に、世界はままならないもの……ん?
「あれ?
前に社長会である鳥風会を上位組織化した事で、クーデターを防げるようにしたんじゃなかったっけ?」
「そっちは、嬢ちゃんが未成年である事にかこつけて親族が悪させんよう防ぐ為でんな。
鳥風会の法人化で親族の悪さはしにくうなっとりますが、それは鳥風会を運営する社長会に権限が移行したに過ぎまへん。
大元である、オーナーの嬢ちゃんが未成年で責任が取れへん以上、誰かが腹を切る体制は必須ですわ。
それが無能な親族から、野心ある社長会に代わっただけで」
「……あんた、意図的にこの仕掛け作ったわね?」
「さて、どうでしょうなぁ」
ニヤリと笑って誤魔化す天満橋だが、間違いなくこの男は私が成人する前にこうなる事を予想していたのだろう。
そうでなければ、こんなタイミングよく私の周りに火種をばら撒いたりはしない。
それでも、私にとって悪いようにはならないだろうという信頼があるからこうして私の所にやってきている訳で。
その信頼には応えねばならないだろうが、なんとも食えないおっさんである。
「つまり、帝西百貨店の独立運動や、桂華金融ホールディングスが金融大再編に巻き込まれた事すら仕掛けの一つ。
狙いは……桂華グループそのものの解体」
「その通りでございます。お嬢様。
ほんで、せやからこそ、嬢ちゃんは排除されるんや。
その正しすぎる目で」
天満橋はそう言うと、深く頭を下げる。
その姿からは、いつものふざけた態度は一切見られない。
ため息をつく。天満橋のおっさんは場を繋ぐように話を続ける。
「あんたは正しすぎるんや。
せやからこそ、博打に全賭けできるんやけど、周りがそれについて来れへんようなってきてるんや。
博打の規模が兆単位。下手すりゃ国すら賭けられるゲームを中学生の嬢ちゃんが打っている。
真っ当な親なら止めさせるし、真っ当でない親でも手元にある兆単位の金が賭けられる事に我慢ならんやろ。
この話は、つまるところ、そんな話でんな」
桂華金融ホールディングスが上場した事で巨万の富を得たが、同時に博打の資金は法に則った透明性を要求される事になる。
グレートゲームなんて世界規模の賭場で中学生が巨万の富を持って暴れている事の方がおかしい訳で、心配と打算もよく分かる。
「……だから、私を追い出すって訳ね」
「今の状態が続くなら、いずれそうなりまっしゃろ。
幸いにして、今はまだ嬢ちゃんの周りにおる連中は、嬢ちゃんの言う事を聞くだけの頭があるさかい、猶予はあるやろうけどな」
なるほど、そういう事か。
おっさんの話を聞いてようやくわかった。
これは、警告。制御された謀反。
このまま行けば、私を排除しようとする勢力が本気で現れるぞという警告なのだ。
「で、狸親父のおっさんが仕掛けた罠に食いついたのは何処の馬鹿なの?」
「これが中々おもろうてな。
まだ裏がとれてへん話やけど、馬や鹿ではなく、人でもあらへんとか」
「馬や鹿でなく人でもないって……ん?
どこかで聞いたわね。それ……」
誰だっけ? なんかつい最近見た気がするんだけど……あ、思い出した。
あれはたしかアンジェラとカリンの話だったな。
(米国で最新鋭のトレーディングに用いられるスパコンが十数台行方不明になっているんです。
買ったのがバミューダ諸島のペーパーカンパニーで、米国諜報機関が行方を追っています。
このスパコン、例の9.11で大暴落の途中から『買え』と指示した最新版なんです。
チェスでコンピューターが勝つようになった21世紀。
ある一定のルール下では、人間の思考をトレースできるのではという研究が、欧米の研究機関で行われていました。
お嬢様。
もしかしてですが、この仕手戦の相手は、お嬢様の思考をトレースしたスーパーコンピューターなのかもしれません)
思い出した瞬間、天満橋のおっさんがにやりと笑う。
こいつ、私が思い至るって事を知っていたからこそ、わざわざあんな回りくどい話をしたのだ。
まんまとしてやられた訳だが、ここで文句を言っても始まらない。
むしろ、これは良い機会だと考えよう。
「あれの行方、そういえば追っていなかったわね……」
「嬢ちゃんが馬鹿勝ちした春の大博打の後で、よろしゅうない連中に拾われたんですな。
で、リベンジよろしく仕掛けに来とる。
春の打ち手も研究した上で。中々手強おますな」
話は終わりとばかりに天満橋のおっさんは部屋を出ようとする。
私はついでとばかりに、思いついたというか気になった事を尋ねた。
「そうだ。
藤堂社長が長期出張だからこの話をおっさんにしたのだけど、あの人今何をやっているの?」
「中東の方で、最後の顔合わせを。
わてはエルサレムの方の手を握っとりますし、岡崎はまだ若うて、最後の大物相手はあの人が出張らへんと話が進みませんのや」
世界地図を眺めた天満橋の言葉でまたピースが一つはまった。
独立する南イラク、正式名称南イラク首長国は9月11日を前に独立を宣言していたのだから。




