コングロマリット・ディスカウント その5
どこかに書いたと思ったが……〇村の弄り名が見つからない……よければ感想で言っていただけると修正します。
茅場町の桂華金融ホールディングス本社。
前なら私の住む九段下桂華タワーで事足りたのだが、桂華金融ホールディングス上場に伴う普通の会社化への第一歩と言えよう。
国も今は保有株を売れとは言わないが、既にアクティビストの間では話題になっており、マスコミを使って売却を促す動きが出ていたりする。
アンジェラが伝えた『桂華金融ホールディングスと穂波銀行と樺太銀行の三行を保険や証券、外資や新興企業が食べかねない』という噂の出所は多分ここだろう。
という訳で、秘書の亜紀さんと一条絵梨花を連れて一条とアンジェラの出迎えと共に本社内へ。
ずらりと並ぶ行員だけでなく、警備員・清掃員に至るまで皆一斉に私に向けて頭を下げる。当然のように亜紀さんと一条絵梨花もだ。
下げていないのは、私とその文化を理解できないアンジェラのみ。
「お嬢様とアンジェラさんには一度これをお見せしておきたかったのですよ」
「あの非効率的な風景を!?」
本社CEO室で笑顔の一条に対し、ハンカチで額の汗を拭くアンジェラは珍しく動揺していたみたいで声が上ずっているのが分かる。
なお、偉そうな事を言っている私も内心ビビっているのは言うまでもない。
秘書としてついてきた亜紀さんと一条絵梨花は当然のように場の空気に従ったという。
「あれがこの国の会社の原風景なんですよ。
これを理解しないと外資はこの国で成功しませんよ」
「ああ。あれが有名な『空気』ですか」
アンジェラの言葉に納得の響きが混じっている。やはり彼女はCIAに繋がる人材である事もあって、おおよそのこの国あるあるの知識を得ているのだろう。
とはいえ、あれは実体験しないと理解できないと思う。私はそう思ったが口にするつもりもない。これも空気だろう。
「お嬢様に頭を下げるのは理解できるでしょう。
桂華金融ホールディングスは、お嬢様が居なければ破綻していたかもしれない金融機関の集まりです。
だからこそ、彼らは私を含めてお嬢様に忠誠を誓っているのです」
「……なるほど。私にはそれがないと」
アンジェラの言葉には正しく現状を認識した響きがあった。
一条はそれを確認して肩をすくめた。
「貴方のお嬢様への忠誠を私は疑っていません。
ですが、他の行員たちはそれを知らない。
それを忘れないで頂きたい。
私の次にこのCEOの椅子に座るのですから、当然の話ですよね?」
「……はい。承知いたしました。一条CEO」
アンジェラのその言葉に満足したように一条は頷く。
一条は自分の出身行である旧極東銀行系列を桂華金融ホールディングス上層部に引き上げられなかった。
旧北海道開拓銀行、旧長信銀行、旧債権銀行という都市銀行派閥に一山証券という証券派閥までもがもみ合う権力争いを勝ち抜けなかったのだ。
アンジェラを次期CEOに指名したのは、自分の派閥を主流派にできなかった一条の次善の策というのは私も一条もアンジェラも理解した上で話は本題に入る。
「恋住総理が目指す郵政民営化が実現した場合、メガバンクとなる郵便局には足りないものがあります」
「保険と証券ね」
私の確認に一条は頷く。
バブル崩壊と金融ビッグバンで銀行も保険も翻弄されたが、それは証券会社も例外ではなかった。
「四大証券会社という言葉があるぐらい、証券会社は大手とその他で分かれています。
このビルの主だった一山証券が桂華金融ホールディングスの証券部門となって残りは三つ」
後ろにいた一条絵梨花がポンと手を叩く。
その仕草に上司として一条の目が厳しくなったから彼女は家で怒られるのだろう。多分。
「ああ。この国で生き残るメガバンクが四つって……」
「それが本当かどうかは知りませんが、この四大証券を銀行が奪い合っているのは否定しません」
一条がモニターのボタンを押す。
そこにはこの国の四大証券とそれを取り巻く状況が描かれていた。
「桂華金融ホールディングスができた辺りの話になりますが、四大証券の一つである相和証券は二木淀屋橋銀行に駆け込み、一山証券と同じく総会屋事件で岩崎財閥から見放された岩興証券は外資のモルガン・シスターズに助けを求め資本提携する事になりました。
業界一位の乃街証券の動向はよく分かっていませんが、同じく保険業界一位の帝生保険と同じく仕掛ける側です。この二つは銀行と組むより、銀行を買うのではと言われています」
亜紀さんがその図の違和感に口を出す。
まるで推理小説で犯人を指摘するかのように。
「メガバンクとして帝都岩崎銀行は失った岩興証券の代わりを探さないといけない。
郵政民営化で郵便局がメガバンクになるなら、帝都岩崎銀行よろしく証券会社を探さないといけない。
そして、銀行に食べられないように、乃街証券と帝生保険は銀行を食べようとしており、そんな状況下で樺太銀行や穂波銀行が美味しそうに見える……と」
犯人とばらされたような笑顔で一条が私に告げる。
これが私をここに呼んで一番言いたかった事なのだろう。
「お嬢様。
時任さんの言う通り、桂華金融ホールディングスは単体で生きてゆくのを考えないのならば、こんなにも選択肢が増えたのですよ。
あの時と違って」
私の悪だくみに巻き込まれた一条の笑顔は、この成果を誇らしく思っているものだった。
会見が終わって帰る際に一条絵梨花が一条の耳元で囁く声が聞こえてきた。
「何だかかっこよかった。お父さん」
一条の顔を見て、あれ娘を上司として叱るの忘れるのだろうなと思ったが、空気が読める私は口に出すつもりはなかった。
一斉に頭を下げる行員たち
ドラマ『華麗なる一族』(2007年TBS)の一シーン。
あ、メフィラス星人(山本耕史)発見……
空気
山本七平『「空気」の研究』(文春文庫 2018年)
なお、発表されたのは昭和52年だからもう半世紀前……
乃街証券と帝生保険
郵貯のパートナーとしてのスーパーメガバンク構想はこのあたりから浮かんでは消えていた。
現実化していたらと思うと同時に無理だろ―なと納得する私。




