コングロマリット・ディスカウント その1
今年最初の投稿。
どうぞよろしくお願いいたします。
夏休みが終わり、南イラクの独立が近づきつつある中、そのニュースは午前中に届いて私の昼食時間を削る事になった。
「月光投資公司が帝西百貨店の株を買いあさっているって!?」
「はい。
おそらく時間外取引で一気に集めるみたいで、おそらく数パーセント規模保有するかと。
私の権限で、市場の帝西百貨店株を一気に買いつけました。
おかげで、東証で帝西百貨店株はストップ高と悪目立ちする事になりましたよ」
PHS越しに向こうの近くの声が聞こえる。
ディーリングルームに降りて陣頭指揮をとっているらしく、それが事態の緊迫さを伝えていた。
それはこちらも同じで、すっかり私の居城と化したトイレの休憩室で私の隣に立つ橘由香が状況をホワイトボードに書き出す傍、側近団がノートパソコンで情報収集に当たっていた。
指でイリーナ・ベロソヴァを走らせて、午後の授業の欠席を伝えさせる。
それを見ながら私が通話相手の一条に確認した。
「たしか帝西百貨店は株式上場したけど50%は保有していたわよね?」
「ええ。それと事業再編の煽りで帝西百貨店は桂華鉄道グループに属する事になったじゃないですか。桂華鉄道は未公開企業です。
グループの再編に伴ってあの会社の処遇は市場関係者から警告は受けていたのですが、橘会長から三木原社長への交代などがあって処理が後回しになってしまっていたんです。
そこを突かれました」
一条にそう言われると返す言葉がないのも事実だ。
桂華グループはあまりに大きくなり過ぎ、その統制に既に歪みが出始めている。
桂華金融ホールディングスは上場と一条からアンジェラへのバトンタッチでなんとか筋道はつけたが、桂華商会や桂華電機連合や桂華鉄道などは未だ道半ばである。
「正直、ここまでデカくなるとは思わなかったから、救済後に株式上場して資金を回収したのよね。懐かしいというか」
「まだそれが数年前というのが信じられませんな。
帝西百貨店グループは百貨店・スーパー・コンビニを全国規模で持ち、通販やアパレルにも力を入れているので狙われるかなと危惧していた所です。
とはいえ、こんな真正面からやって来るとは思いませんでしたよ」
「そうね。派手に手袋を投げつけられた以上はぶん殴らないとね」
「お嬢様。もう少し言葉遣いを……」
「あら失礼」
一条が見ている訳ではないが、猫をかぶりなおす私。
これでも桂華院公爵家のご令嬢なのである。
とはいえ、有り余る資金力で喧嘩に対しては十倍、いや百倍返しで応戦してきたからこそ桂華グループの今がある訳で。
そんな事を考えていた私の首が自然に傾げる形になった。
「ん?……月光投資公司?
どこかで聞いた名前よね?」
「今年初めの帝興エアライン、日樺石油開発、富嶽放送を巡る買収劇で外ウマとしてうちに賭けて巨額の利益をあげた大陸系ヘッジファンドですよ。
岡崎君の方が詳しいと思うので、彼に聞いてみるといいでしょう」
「あー。思い出した。
この後電話するわ。
で、これTOBだと思う?」
私の声のトーンが低くなる。
一条の声も同じく低くなった。
「だと思ったから、悪目立ちを覚悟で保有株比率を過半数以上に上げたかったんですよ。
普通ならば、ここで勝負はつきます。
だけど、彼らは仕掛けた。
つまり……」
「……普通じゃない何かを狙っているという事ね。
分かりました。
ひとまず市場とマスコミ対策はお願いします」
電話を切ってそのまま岡崎にかける。
ワンコールもする事無く出たという事は待っていたのだろう。
「待っていました。お嬢さま。
帝西百貨店の件ですね?」
「ええ。月光投資公司の動き、何か分かる?」
「もちろん。前から目をつけていましたからね。奴らは」
さすが岡崎。
こういう時に頼りになる男であるが、この状況を楽しみ過ぎるのが玉に瑕とは彼の上司の一人である天満橋のおっさん……じゃなかった、天満橋桂華商会副社長の評価である。
聞いた時に思わず納得し、当人は何とも言えない顔をしていたのがまた……話がそれた。
「奴らは基本的に部外者で勝ち馬に乗るのが基本戦略です。
メインプレイヤーじゃありません」
岡崎の説明に今年初めの出来事を思いだして顔をしかめる私。
最後は利で釣れる輩……ん?
「と、いう事は、彼らから見て私たちの他に両天秤をかける相手がいるって言うの?
それも、両天秤がかけられるぐらい巨大な奴が」
ここまで大きくなった桂華グループに真正面から喧嘩を吹っ掛けるのだから、当然その規模はそれ相応に大きくなる。
岡崎の声は実に楽しそうだった。
「ええ。
どこかのお嬢様が不良債権処理で片づけてしまった為に、この国の市場を狙っていた連中が乗りつけられなかったんですよ。
仕掛けはヘッジファンドが作ったのでしょうが、本命はそこだと俺は踏んでいます」
一旦区切った岡崎は、その敵の正体を楽しげに告げた。
現在米国・EUに次ぐ世界三位の市場を食らおうとする彼らの正体を。
「欧米の小売企業ですよ」
ネタバラシ
カルフールの日本進出。
外ウマ
外ウマとはゲームに参加しない者(見学者)が任意のプレーヤーに賭けること。
これ麻雀用語だったのか……




