お嬢様の夏休み　in 愛媛　その1

『当機はまもなく松山空港に到着いたします……シートベルトをお締めください……』

　プライベートジェットというのは便利な物ではあるが、気軽に飛ばせるのが成田空港ぐらいというのが難儀なもの。

　それでも、四国の愛媛県に行く場合、そっちの方が早いと言うのが四国の置かれている地理的環境だったりする。

「四国に新幹線敷いても、遠いのよねー」

　とは、これから遊びに行く明日香ちゃんの中学生らしからぬお言葉。

　大雑把だが、東京から松山まで新幹線と特急乗り継ぎで五時間ばかり。

　四国新幹線を新坂出まで引いてこれである。

　ぶっちゃけると予讃線がとにかく長い。

　岡山乗り継ぎの時は、軽く6時間は越えていた訳で、寝台列車や夜行列車が残りやすい環境ともいう。

　まぁ、夜行列車の強力なライバルとしてフェリーがあったのだが、それも高速道路の延長に伴ってバスとトラックが主流になりつつもあり。

　話がそれた。

「私たちもお邪魔して良かったのですか？」

「気にしないわよ。この飛行機が四人までに見える？」

　明日香ちゃんの地元の愛媛に遊びに行こうという訳で、お友達みんなでお邪魔する事にしたのだ。

　という訳で、今回のメンバーである。

　天音澪ちゃん、開法院蛍ちゃん、朝霧薫さん、華月詩織さん、栗森志津香さん、高橋鑑子さん、待宵早苗さんに橘由香に一条絵梨花と時任亜紀さんに私を入れて計十一人。

　この間買った747の二階席の所をファーストクラスに換えたので、こうしてみんなで行けると言うのがありがたい。

　なお、側近団連中は既に前入りしているあたり、気軽な旅行というのがしにくくなったなぁと思う今日この頃。

　そういう事を思うとあの深夜バスの旅は……うん。思い出とは美しく見えるものだが、それでも乗りたくないな。

「そういえば、明日香さんがここに新幹線を通そうと頑張っておられたとか」

　話を振ってきた薫さんに私はなんとも言えない顔をする。

　何しろ金を出す私と許認可を持つ政治家を父に持つ明日香ちゃんとの会話は、愛媛においては松山新幹線建設最高意思決定会議と揶揄されているとか。

　……いいのか？それで？

「がんばってはいるけど、色々としがらみが多いのよ。

　あと、しがらみを乗り越えても地面は生えてこないし」

「……生える？地面が？？」

　薫さんが最初に明日香ちゃんから聞いた私のような顔になっている。

　新幹線というのはセットで並行在来線問題が生じるため、いざ敷かれるとなるとその扱いがどうしても問題になる。

　私が四国新幹線を敷けたのも、瀬戸大橋という外せない場所だったのと、瀬戸大橋線あたりを第三種鉄道事業者として桂華鉄道が買い取った事が大きい。

　新幹線以外の四国エリアの鉄道事業は基本的に赤字であった。

「愛媛県と香川県の県境あたりがネックでね。

　もう新幹線を通す場所が無いのよ。

　海の上に橋を通すか、海の中にトンネルでも通すかって明日香ちゃんと頭を抱えている所」

　『山の中を突っ切ればいいんじゃね？』という私のツッコミ時に明日香ちゃんが四国の地図を睨みつけながら怨嗟を漏らしたのを思い出す。

「瑠奈ちゃん。その突っ切る山ってなに県？」

「……徳島県ね」

「そこの建設の許認可は誰が出すと思う？」

「……徳島県知事ね」

「『松山に新幹線通すから徳島の山の中掘らせて♪』って言って、徳島県知事は『はい』と返事をすると思う？」

「……お、思うんじゃないかなぁ……」

　いやー。その時の明日香ちゃんの笑みの怖かった事と言ったら。

　美人が怒りながら微笑むと夜叉になるとはよく言ったものだ。

　

「おまけに、建設費を抑える場合は街の中を通らない上に、利便性の悪くなる並行在来線を押し付けられるって地元でも異論続出。

　途中駅の誘致合戦の果てに、今の在来線の上に高架で単線新幹線にしようかって明日香ちゃんと冗談を言う感じよ」

「そ、そうなのですか……」

　私の見事なぼやきに話を軽率に振った薫さんがさっさと話を切り上げて、隣にいた澪ちゃんに改めて会話を振る。

　澪ちゃんの隣にいる蛍ちゃんは、アテンダントさんが出してくれたお菓子とジュースに手をつけずに目をつぶって飛行機を怖がっていた。

「開法院さん。見事に怖がっていますね。

　心配しなくても飛行機は簡単に落ちませんよ」

「そう言っているんですけどねー。

　『自分で飛べない鉄の箱が怖い』って」

　ん？自分で飛べない？？？

　私と薫さんは互いに視線を交わして、澪ちゃんの言葉を聞かなかった事にした。

「瑠奈ちゃん！蛍ちゃん！澪ちゃん！みんな！！ようこそ愛媛へ！！！」

　出口で明日香ちゃんが歓迎してくれたけど、みんなの視線は明日香ちゃんでなくその後ろの謎物体へ。

　オレンジ色の物体の前には蛇口がついていた。

「あれなに？」

「ポンジュースの蛇口。

　四国あるあるネタで話していたら、瑠奈ちゃんの百貨店の人が悪乗りして作って、今や立派な名物に……」

　その隣のお遍路さんのお人形が置かれた謎空間にはジュース代を入れる賽銭箱が置かれ、多分全てが分かっていないお遍路姿のおばあさんが、五円玉を賽銭箱に入れて拝んでいた。

　なお、ウェルカムポンジュースはさすが愛媛と言わんばかりにおいしかった。