樺太競馬観戦記 その4
腹黒騎士見習いに腹黒仮面王子に腹黒公爵令嬢。
見事なまでに善人が居ないお茶会は、それでも表面上は穏やかに進む。
「で、本音は?」
「それ、聞きます?」
私のツッコミにとてもいい笑顔で言い切る腹黒騎士見習いことフランツ・ロートリンゲの顔に『聞いたら戻れないからな』と書いてあるのだが、こちとら日米露三カ国の地雷原で盆踊りを踊っている人間である。
地雷が一つ二つ三つ増えた所で踏んで爆発するのならば今更というもの。
「何も知らなくて行先も分からない深夜バスに乗せられると、覚悟の一つ二つつくってものですのよ」
「あれ、上流階級だと大不評なのご存じで?
庶民は大爆笑しているみたいですがね」
「それは結構。
私は公爵令嬢ではありますが、立ち位置は庶民の方なので」
私の言い切りにため息一つついてこの騎士見習い様はその本音を語り出す。
ちらりと仮面の王子様の目が険しくなっているので、彼にも話していない事なのだろう。
「EUの拡大。
どのあたりまで掴んでいます?」
「ついこの間、派手に大きくなりましたわね」
2004年5月。
ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、エストニア、ラトビア、リトアニアの中・東欧8カ国とキプロス、マルタの地中海2カ国がEUに加盟。この時見送られたがブルガリアとルーマニアの二か国も加盟を求めており、EUが一気に東方に広がる事になった。
それを前提にしてフランツはなんとも言えない顔で続きを口にした。
「結果、ブリュッセルの欧州委員会の権限が強くなり、それは中で働くEU官僚、特に古き青い血の復権につながった」
「その中に私を入れようとしている事はなんとなくわかりますが、入れるだけのメリットは無いように思いますけど?」
欧州というのは千年規模でのコネ社会の巣窟である。
政治権力は人民に明け渡されたとしても、彼らの持つ財産・文化・人脈に情報は未だ侮る事はできず、その力はEUという幻想の中で確かに接着剤として動いているのだろう。
なんて考えている私の隣で、仮面の王子様が呆れ声を出す。
「気づいていないみたいだからいうけど、君を取り込む事で、東欧を、ロシアを欧州の中に組み込みたいんだよ。彼は」
「へ?」
なんとも間抜けな声を出した私に、男子二人して苦笑というか間の抜けた笑みを浮かべる。
どうも私がそれに気づいていないというのは想定外だったらしい。
「いや、どう考えてもロシアに喧嘩売ってません?
その拡大は?」
「見方の問題だね。
今は、大国がケーキを切るみたいに国境を決める事はできないんだ」
たしかに彼の言う事は正しい。
だが、その正しさを相手が理解できるかはまた別問題だろうに。
面子を潰された上に、旧社会主義体制からの脱却を求められたら、現政府で甘い汁を吸っている連中がどう動くか分かって言っているのか?彼は??
「おいおい。
肝心なことをまだ言っていないじゃないか。
お嬢様。こいつは要するにお嬢様が支配するだろうロシアを米国側につけない為だけに君の元に現れたのさ」
あ。仮面殿下のぶっちゃけに一瞬フランツの目が厳しくなったって事は、それも本音か。
それでもフランツの言葉に淀みは無い。
「否定はしないよ。
とはいえ、我々は君みたいに追い詰められてはいない」
おーおー。
声は穏やかなのに目線でバチバチやり合ってら。
それならばこれを聞いておこう。
「そういう仲なのに、この場にて共闘している理由は?」
私の質問に二人の言葉がハモる。
それは二人の、二人の背後のまごう事なき本音。
「「対米国」」
「え?争う気ならば遠慮しますわよ?」
私の当たり前の返事に一瞬にして二人共闘姿勢に戻る。
この間を見逃すほど私はお人好しではないし、今はおべんちゃらを言う場面でもないし、私はその程度の事では動じない。
ただ、ここまでの二人の言葉は嘘ではないが真実でもないと私の直観が告げる。
多分、二人共、まだ私に見せていない手札があるのだろう。
国際政治というのはかくも深くて恐ろしい。
「争う気はないさ。今は」
「大英帝国が二度の世界大戦で覇権国の地位を降りるまでたった25年。
問題なければ、俺たちは未だ生きている年代だ。
米国が英国と同じ轍を踏む可能性は否定できないだろう?」
四半世紀もしくは半世紀、下手すれば百年越しの戦略である。
これは青い血特有の考え方で、だからこそハマれば大きいが大体そこに行くまでに潰される。
今や世界は四半期でものを考える超短絡的時代になってしまった。
「まぁいいでしょう。
今回はこのぐらいで。
で、そんな悪巧みを抱えて、こんな極東の競馬場に出向いてきた理由は?」
今の裏話はそれこそ国レベルであり、外交官案件で実務者の方が相応しい。
わざわざ、樺太競馬を出汁に私に語る必要はあるようで実はない。
そんな裏話すら手札に何を切って来るのかと身構えていた私に、二人はまるで映画のようなタイミングで同時に招待状を差し出した。
「女王陛下主催のデビュタントの招待状を君に」
「ヴィーナー・オーパンバルの招待状。君と踊れることを期待しているよ」
あれ?
なんか乙女ゲーっぽいイベント来た。
女王陛下主催のデビュタントはやっているかどうか不明だったので、この世界ではやっているという事に。




