神奈水樹の『師匠論』
神戸教授の『師匠論』を受けた後の話。
実際に師匠を持っているだろう人に話を聞いてみた。
神奈水樹で、占い師が本業である彼女は占い師の師匠が居る。
「うちは師匠を超えるはないわね。師匠と同じになるならあるけど」
「師匠と同じになる???」
また想定外のワードが出て首をかしげる私に神奈水樹はあっさりと種明かしをする。
聞けば私でも知っている言葉の説明だった。
「『守破離』って言葉があるでしょ?
一応うちはあの言葉がベースになっているんだけど、『守』の段階で個性を消すのよ」
「ん?個性を消す???」
「模倣って言い換えてもいいわ」
なるほど。
それならば分からなくはない。
素人がその技術を習得する第一歩が模倣というのはある意味理にかなっている。そこからその模倣を破る事で個性を出して行く『破』。
その先が離れる『離』なので漢字はこういう時に分かりやすい。
「で、うちの場合だけど、求められるのが師匠に成りきるというか、師匠を生み出すというか。
だから『継ぎ花』って呼ばれるんだけど」
神奈水樹がノートに『継ぎ花』と書く。
元の言葉だろう『接ぎ木』の字から人なので漢字が違うのがおもろしい。
本業が占い師とはいえ、高級娼婦軍団として東京に君臨している神奈一門。
その一門は、最高級占い師兼娼婦だった老いた神奈世羅をどうやって維持するかという所から行きついた、高級娼婦育成に端を発する。
「芸能集団で名の継承ってあるでしょう?
神奈一門は次の神奈世羅を生み出す事に全てを懸けるの。
だから、今の自分を捨てて、師匠を演じようとするのよ。
その為には今の技術や技能を、人生全て捨て去る事すら厭わないわ」
「……」
神奈水樹の話を聞いて絶句する私。
この不思議系で男遊び大好きトラブルメーカーの彼女も、その背景と意味を知ると壮絶なまでの覚悟を感じ、私が考えている以上に重く深い物だと理解した。
彼女のように親に捨てられた孤児が生きていけるように、自分の身を自分で守れるように強くなろうと決意する事だけでない想像を絶するような重い物が彼女にはある。
「そこまでやって、天然ものに勝てないのよ。
師匠がぼやいていたわ。
『赤坂でブイブイ言わせても、銀座の夜に君臨できなかった』って」
あれ?
その銀座のワードと年代的にひっかかるものがあるのですが。が。
神奈水樹は気づいてないだろうが、多分それはうちのメイド長の桂子さんじゃね?
私の内心なんて知ってか知らずか、神奈水樹は話を戻す。
「花の命は短いもので、神奈世羅の名が指すものは今ではすっかり占い師の方になり、神奈世羅の名前を継ぐ人間は未だ見つからず、神奈の模造花の娼婦たちはこの東京の夜に咲き誇る。
桂華院さん。私はね。この師匠の名前を継ぎたいとは思っているのよ」
「それと男遊びとどう関係があるのよ?」
「その師匠の人生をなぞっているのよ。
ぶっちゃけ、ここまでしても数で負けているんだから。私」
え?
いや、ちょっと待って欲しい。
この年で遊び惚けている神奈水樹が数で劣るとかあり得ないんですけど!? 神奈水樹はあっさりと告げる。
「全盛期の師匠は一人寝する事無く、しかも政財界の要人相手に日ごと相手が違ったそうよ。
私はそこまでいけないし」
絶句する私。
それがどれだけ凄いか分かるからこそ、神奈世羅をして『勝てない』と嘆かせた桂子さんの凄さがにじみ出る。
神奈水樹が話を元に戻す。
「で、『破』なんだけど、ここで弾かれるのは、色々無理がある人たち。
だから、『守れずに破っちゃう』」
「無理がある人たち?」
「模倣に疲れてオリジナルに走ったりする人たち。
占い師も娼婦も中途半端に終わるのよね」
その言葉を中学生が言うのは色々と考えるものがあるのですが。
しかし、神奈水樹はあっけらかんと言う。
ちなみに、そういう人たちでも結局は師匠を慕い一門のコネを利用し活躍するので、神奈一門としては問題ないとの事。
「これは私の持論。
おそらく何かに突き抜ける人ってどこかしら狂気を孕んでいるのよ。
こういう事をやっていると、特にそれを思うのよね。
だから、師匠は『継ぎたいなら狂いなさい』って言っていたわ」
「……で、あなたは今もそれを続けていると」
「まぁ、そうかも。
それでも、私はまだまだなので、師匠に追いつくためにも男遊びを頑張って続けようと思っていまして」
「……」
うーん。
ただものではないと思っていたが、こいつはとんでもない才能の持ち主かもしれない。
神奈水樹は続ける。
「『離』だけど、その字の通り『離れてしまった』人たち。
今までの会話で分かったと思うけど、神奈一門の『守破離』は、字は同じだけど意味が全く違うのよ。
私の姉弟子様なんかがこれなんだけど、相手の人たちが『師匠の幻影を追い求めて私自身を見ていない』事に疲れちゃったそうなのよ。
そのままその幻影を纏い続けていたなら、師匠の名前は姉弟子様が継いでいたでしょうに……」
何とも残念そうな顔で神奈水樹がため息をつく。
だが、神奈一門の現状を考えればそれも仕方のない事だろう。
そもそも男遊びや占いなどという風俗業界にどっぷり浸かった時点で普通の生活には戻れない。
その道を極めようとするのであればなおさらだ。
そんな神奈一門では後継者と見られている神奈水樹。中学生なのに身分証明は18歳の彼女。
「神奈一門と師匠についてはこんな感じかな。
男遊びも占いも極めるつもりだし、その果てに師匠の名前も継ぐつもりでいるわ。
私、諦めが悪い方なのよ」
「なるほど」
としか言えない私が居た。
今度、こいつと桂子さんを会わせてみようと思ったのは内緒。
守破離
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%88%E7%A0%B4%E9%9B%A2
神奈一門周りの話は『昨日宰相今日JK明日悪役令嬢』を確認しながら書いているが、詰まる所相良絵梨を生み出す物語だからこその同一化だったりする。
書いていて世界線をずらすポイントとして神奈水樹と相良絵梨を斉藤桂子に会わせるというのはアリだなと思ったのでメモ。
神奈世羅はこの小説を書く前から作られていた化け物
高宮晴香はこの小説を書き出して生えてきた化け物
斎藤桂子はこの二人を押さえた『人間』
昭和中期のこの面子だけでも面白い物語が作れそうだな。
これもメモしておこう。




