出るJSは打たれ……るのか? その3
「おはよう」
「おはよう。
桂華院さん。
あなたも大変ね」
「私達は気にしていないから」
学校に行くと実に白々しいお嬢様たちの挨拶から始まるが、これでもまだ疑惑だからで済んでいる。
ここからいじめに発展しないのも理由があり、ここで恩を売る事で実家の救済をと考えているのだろう。
上流階級は上流階級ゆえに簡単に生活のレベルを落とせない。
バブル期の借金返済は進んでいたが、その内情は無理をしている所も多かったのである。
特に華族系で実業を持っていない家は、陰口を叩きつつも私に擦り寄ろうとする意図が透けて見えるから笑える。
「ありがとうございます。
皆様のことは私は絶対に忘れませんわ」
彼女たちの恩を遠慮なく買うことにする。
きっと、ゲーム内での私の取り巻きはこんな感じで形成されたのだろうなぁ。
断罪時に誰も残っていなかったあたりある意味当然とも言える。
とはいえ、ここで将来起こるゲーム内時間の為に取り巻きを用意しておくのも悪くないか。
今挨拶したお嬢様達の実家の経済状況を確認して、一条に救済プランを用意させることを心のメモに書き付けた。
「おはよう。瑠奈。
なんか大変なことになっているな」
何も変わらずにやって来て私に挨拶をする栄一くんが実に微笑ましい。
今の私は名前を使われた哀れな道化役なのだが、そんな事を気にせずにズバズバ踏み込んでくるのだから、怖いもの知らずと言うかなんというか。
「まぁね。
けど、そんな中でもいつも通り気を使ってくれる栄一くんは紳士ね」
「よせやい。
なんか照れるじゃないか……」
あ。
この反応は可愛い。
私が何か返そうと思ったら扉が開いてクラスに緊張が走る。
「おはよう。桂華院さん」
「おはよう。桂華院」
裕次郎くんと光也くんが一緒に入ってくる。
こういう時は、機先を制すのが先だ。
「おはよう。
裕次郎に光也。
珍しいな。
二人一緒に入るのは」
タイミングを図ったら栄一くんに先を越されてしまった。
でも、私と同じく栄一くんの気にしない態度を見てクラスのみんなの緊張の糸が解けてゆくのが分かる。
「そうだね。
この間の不祥事の上に桂華院さんまで巻き込んだから、おとなしく欠席をと思っていたんだけど……」
「みろ。
この二人がそんな事で変わる訳無いだろうが」
裕次郎くんの苦笑に光也くんが肘で突く。
なんかちょっとうるっと来たのを我慢して、私は笑顔を作って言った。
「みんなありがとうね」
「で、実際どうなっているんだ?」
放課後の図書室。
光也くんが私と裕次郎くんに尋ねる。
もちろん世間で話題になっている疑惑のことだ。
光也くんはこのあたり大人びているから、気になっているらしい。
「地検が内偵を進めているのは間違いがないけど、兄さんの選挙の件は法律の範囲内だから大丈夫。
決め手になる利益供与の証拠が無いんだ」
この件のポイントは、桂華グループが参議院選挙で泉川太一郎参議院議員の当選に協力し、その見返りに桂華銀行の競売に便宜を図ったかという所に絞られる。
橘や一条を通じて北海道経済界人を泉川参議院議員に引き合わせたり、選挙資金用集めのパーティー券販売など政治資金規正法内で処理していたのは確認している。
その上で、ロシア金融危機真っ只中で行われた桂華銀行の競売にムーンライトファンドしか出て来なかったために、今回の疑惑が発生しているのだ。
「マスコミと野党はこの間の大蔵省の不祥事と絡めて一大疑獄にしたいみたいだけど、桂華銀行売却で権限を行使できた柳谷金融再生委員長の所に、桂華グループから利益供与が無いんだ。
だから、兄さんを絡めた無理筋を作っている」
「柳谷委員長が泉川副総裁の派閥だから、そこから指示を出してという線が向こうの攻め所か」
「それでも、実際の売却を取り仕切った柳谷委員長に利益供与が無いのはおかしいんだよ。
この手の話は父に金を送るなら、同時に柳谷委員長にも送るんだよ。
で、実際に桂華グループが金を送ったのは兄で、それも法律の範囲内」
小学生のする会話ではないな。これは。
苦笑しようとしたら、栄一くんが私の方を向いて核心を突いた。
「瑠奈。
つまり、ムーンライトファンドを動かしているのは、お前なんだよな?」
「……そうだけど、何でそう思ったの?」
唐突に核心を突いてきた栄一くんに私は答えはしたけど、栄一くんはふふんと自慢しながらポーズを取る。
どうも推理ものあたりを読んだらしい。
「簡単なことだよ。瑠奈くん。
消去法で残ったのが瑠奈だったという訳さ。
この話は、ムーンライトファンドが主導して動いていたら筋は通るんだよ。
ところが、ムーンライトファンドの持ち主が未成年の瑠奈だった事から、ペーパーカンパニーと疑われた事で桂華グループからの利益供与と皆が思ってしまった。
で、俺たちは瑠奈が参議院選挙投票日に、泉川副総裁と二人で話しているのを見ている」
そういやみんなで遊びに行ったから、見られていても仕方がないか。
栄一くんの推理披露に裕次郎くんもため息をついた。
「父から桂華院さんの事は聞かされていたからね。
とはいえ、半信半疑だった」
「俺は今でも疑っているんだが。
だって桂華銀行の買収金額って八千億だぞ!?」
光也くんの呆れ声に私は適当に手を振って笑う。
たしかに普通の小学生は八千億円は用意できないわな。
「まぁ、そこはたまたま大当たりした株がありまして」
「何だよ。
その大当たり株って」
「米国ハイテク株に出資していました」
「……」
「……」
「……」
黙り込む三人。
名前を出さなくても分かるほどこの時期米国ハイテク株はバブルを謳歌していた。
出資していたという事は、最も美味しいタイミングで株が売れることを意味している。
「そういえば、向こうの技術者って日本のアニメとかえらく好んでいたな」
「あれかぁ。
桂華院さんがビデオ予約しているからって見たけど、インターネットの題材のアニメでえらく怖かった覚えが」
「たしか今も何か予約しているんだろ?」
「それは瑠奈から聞いて面白いから見てる。
賞金稼ぎの主人公かっこいいよな」
話がそれてきた時にそれは現れた。
何か話そうとした栄一くんが真顔になって、声を潜める。
「ちょっと待った。
どうも、侵入者が入ってきたらしい」
ポケベルを見ながら栄一くんが続きを口にする。
私達に見せたポケベルには数字の羅列が。
これは簡単な暗号だが、一見するとわからないのが強い。
「マスコミかな?」
「間違いないだろう。
だとすると狙いは裕次郎と瑠奈だろうな」
上流階級の子息ともなるとこういう事もあるので、避難の心構えとかは躾けられている。
私も含めて皆ランドセルに出していたノートや筆記用具を片付けて図書館を出る準備をする。
「僕と光也くんが先に出るから、栄一くんは桂華院さんをお願い」
「わかった」
「確認した。
今、誰も居ない」
あれよあれよと男子三人が場を支配し、先に裕次郎くんと光也くんが出て、次に私達が図書館を出る。
この学園は護衛や警備員がいるが、この手の報道の自由を駆使する相手に対するアタックはどうしても後手に回る。
タチが悪いのがパパラッチ連中で、フリーだからこそ遠慮なく攻めてくる。
財閥や華族社会が残っているこの世界の日本では、彼らの格好のネタなのだ。
「走れ!瑠奈!!」
護衛や警備員が待ち構えている場所まで栄一くんが私の手を引っ張って駆ける。
それを見付けたパパラッチがカメラを持ってこちらに駆けてくる。
どくん。
私の心臓が、普段とは違う音で跳ねた。
簡単なことだよ。瑠奈くん。
簡単なことだよ。ワトソンくん。
この言い方もちろんホームズのオマージュ。
もちろん、某ソシャゲで爆死しているorz
賞金稼ぎのアニメ
『カウボーイ・ビバップ』WOWOW版。
これも海外でえらく評価を受けた作品だが、国内では事件とかの影響で中途半端なTV放映しかされなかったんだよなぁ。
ポケベル
この99年だとPHSが流行しだすから衰退の一途をたどるのだが、子供にPHSをもたせるのはという親の需要がまだあった時期である。
数字だけのタイプをわざと採用しているのは、それが簡単な暗号になってて読まれにくいという理由から。
パパラッチ
フリーのカメラマンでセレブ層のスキャンダルなんかを撮って生計を立てている人たち。
目をつけられると怖いけど、美味しいネタである華族・財閥層を撮るために使い捨ての鉄砲玉にできる上に、この手の人間を追い払うのが面倒という設定。
もちろん学園侵入は違法である。




