神戸教授のおとなの社会学 『ルールとマナー論』
下品シリーズの〆
「『湾岸カーレース』。メディアで盛り上がっていますね。
その為か、今モータースポーツ系のコミックとかも人の口に乗っている訳で、今日はそんなコミックの一つから話をしてみましょう」
そう言って神戸教授が私たちにあるコミックの一コマのコピーを配ってくれる。
書かれていた台詞は『ルール違反はするけどマナー違反はしない』。
公道を300キロで飛ばすモーターコミックにツッコミたい台詞だが、神戸教授は私たちの表情を楽しそうに見て講義を始める。
「『ルールとマナーは同じじゃないのか?』みんなそう顔に出ていますが、これは間違いなく違います。
このコミックではルールを『周りとの約束事』。マナーを『自分との約束事』という形で定義していますが、ここにいる皆さんはこの国の上流階級に属する人間ですので、もう少しこの二つの意味を深く理解してください。
いいですか。あなた方が上流階級としてその責務を担えるのならば、ルールは変更可能なのです」
神戸教授の言葉に私たちは静かに耳を傾ける。
確かにルールを守る事は大切だ。とはいえそれが変更可能と言われてピンと……あー。
何かに気づいた私を見て神戸教授は嬉しそうに笑う。
そして、私の考えを見透かすかのように、ゆっくりと言葉を続ける。
「例えばの話をしましょう。
最近、禁煙がうるさくなっているじゃないですか。
あれ、昭和のころだったら喫煙がOKとされていたのです。だから当時の人は考えたんですよ。どうやって煙草をやめさせるかってね。
そこで出来たのが健康増進法による受動喫煙の禁止という訳です」
ああ、そういう事なんだ。
確かに禁煙すればルールを守れるようになるけれど、それはそれで吸う人間の権利というものが問題になる。
それで、受動喫煙を禁止にすることで周囲に被害を与えないようした。
「ルールというのは周囲の環境に影響されるものなのです。
そして、その規定と変更はその社会の合意によってなされます。
では、マナーの場合は?
先の禁煙の話ならば、煙草が嫌いな人の前で煙草を吸わないという事になりますね。
もちろん吸ってもいいのですが、その場合相手から嫌われる事を覚悟しなければなりません」
神戸教授の言わんとする事が見えてきた。
そんな話の後で、神戸教授は配られたコミックの話に戻る。
「このコミックが秀逸なのは、ルールを『周りとの約束事』。マナーを『自分との約束事』という形に落とし込んでいる所です。
当たり前ですが、公道を300キロで走れば普通に一発アウトの免許停止です。
それでもこのコミックの中の人たちは、それを分かってやっている。捕まろうものなら自業自得ですからね。
ただ、それだけならアウトローのコミックなのに、ここにマナーを入れる事で『周りへの思いやりを持ったアウトロー』にしているのです。
これを実践出来るかどうかは別としても、このマナーが入った事でこのコミックは人気を博していると私は思っています」
そこまで言われて私は納得した。
確かにルール違反をするにしても、周りへの配慮を忘れてはいけない。
ルール違反で捕まるのは自業自得だが、事故れば自分だけでなく下手すれば巻き込んだ相手まで死ぬ。
自分が楽しむためだけの行為なんてあってはならないのだ。だからこそ相手に敬意を払うマナーが大事になる。
「このあたりはこのコミックの台詞が秀逸なのでそのまま引用させてもらいましょう。
……本当に最後の一文がなければ名言と思うのでしょうが、この最後の一文を含めて名言だなと思えるようになったら、あなたたちも大人になったという事です」
コミックの台詞を読み終わった神戸教授の顔は少しだけ寂しそうに見えた気がした。
多分、その顔が大人の証拠なのだろう。
「それでは講義を続けましょう。
先ほども言った通りルール違反とは、社会のルールに反した行為を指します。
当然、なんらかの罰則がついてくるのですが、にもかかわらず、ルール違反をする彼らにどうして私たちは魅かれるのでしょうか?
先ほどの例でも分かるように、ルール違反をする人間にもそれなりの理由があるのです。
そして君たち社会の上層に行く人間はそれを踏まえないといけません」
神戸教授はまた別のコミックの一コマをコピーしたものを私たちに配る。
さっきのが現代の車ものならば、こっちは異世界の騎士? ロボットもの??
「先ほどのルールとマナーの話を踏まえると、味わいが深いでしょう? これ。
『最良の選択』。何かを率いる人間が逃れられない宿命であると同時に、無法者には人はついて行きません。
このバランスを。特にルールを絶対視する事だけは絶対にしない事と、あなた方が人に認められるマナーを常に持っていて欲しい。
それが、今日の講義で私が言いたい事です」
私たちは神戸教授の言っている事が理解できた。
ルールを破る人間にはルールを守らない理由がある。
そして私たち上層部の人間はそれを理解しておかないといけない。
それは確かに大事なことだ。
ただ、それを大衆が理解できるかは別問題だと言わなかった所に、神戸教授の優しさが見えた。
なんとなく思う。
数年後。小鳥遊瑞穂と衝突するきっかけはきっとここなのだろうなと。
「そういえば、思ったんだけど、ルールで言ったらあの写真家の先生。アウトじゃない?」
この後もその湾岸カーレースの撮影があるので私についていたユーリヤ・モロトヴァがぽつりと漏らし、それを私と同じく撮影に出る神奈水樹がつっこむ。
「石川先生、『脱いで』とは言うけど『脱げ』とは言わないじゃない。
多分それがあの人の『ルール』と『マナー』なのよ」
「ふっ……!」
神奈水樹の言葉に思わず吹き出しそうになる私。
芸術家ってのは厄介なもので、社会不適合者でも、その作品が認められるならば許容されるという側面があるから困る。
ルール違反はするけどマナー違反はしない
『湾岸MIDNIGHT』 (楠みちはる 講談社ヤンマガKCスペシャル) 29巻より
『ルールってあるわけだろ ホラ どんなモノにも
コレは絶対やっちゃダメとか コレは守れとか そーゆうの
ルール違反の走り繰り返してて ナニ言ってんのってなっちゃうけど
そーゆう走りだからこそ守るルールはある そう思ってたのよ
でもある時 フッと思ったワケ あ・・それ ルールじゃないよナって
ルールってつまりまわりに対してのまわりとの約束事だろ
ちがうよナ それじゃあないよなって・・
外に対してでなく内側てゆーか・・
まわりに対しての自分との約束事だろう
ルールじゃあなく・・言うとすればマナー
ルール違反はするけどマナー違反はしない
公道300km/h 自分との約束事―』
探すために読み返してまた色々な名言に感銘を受けた私。
最良の選択
『ファイブスター物語』 (永野護 ニュータイプ100%コミックス) 五巻より
『戒律を守り、そむかず、生きてゆくのがルーンの騎士ならば
眼前の事実を前にして それらを飛び越えた
「最良の選択」を探し出さねば
ならぬのが法王たる者なり!
たった1機のS,S,I,と静しかおらぬ国の国王となり…
思う存分悩めばよいのだ
多少の機密漏れなど 一人の王を 誕生させるに
なんの不都合が あろうか…』
読み返して感動したのが、ここ「最良の選択」で「最高の選択」でない所。
ああ。この人も王としての器だなと。
この二つの言葉は好きなので引用という形で皆様にここにて紹介。




