某ラジオ番組にて
ちょっと聞き耳を立ててみる教授がいるに違いない。
「『歌は世につれ世は歌につれ』って言うじゃありませんか。
歌って言うのは時代の記録装置なんですよ。
じゃあ、そういう定義で歌姫というのを見るとどうなるか?」
「時代の代表者?」
「そういう見方もありだと思うけど、私は違うと思いますね」
「と言うと?」
「そうですねえ……時代そのもの。私はそう思っています」
「時代を写す鏡とはよく言われますが、それとどう違うのですか?」
「ええ、つまりですね、鏡という対照的なものではなく、もっと主体的なもの。
歌姫が時代を写す鏡ではなく、歌姫そのものが時代を象徴する事で、その時代がどんなものであるかを決める事ができると言う事です。
もう少し掘り下げましょうか。
この歌姫という言葉に欠かせないのは広範囲に伝わる流行頒布手段。
テレビやラジオの存在が不可欠なんです。
戦後、あの人が歌姫として出てきたのはこのラジオ、のちにはテレビの存在なしではあり得ないんですよね」
「確かに……」
「更に言うと、初期の歌姫はラジオから流れる歌によって我々を魅了すると同時に、我々を同じ存在であるという所に昇華させたんですよ。
昭和の時代。未だ方言も色濃く残っていたこの時期に、共通の歌によって日本人という存在へチューニングされる。それは日本という国にとって大きな意味を持つ事だったんです。
我々の言葉が今は当たり前のように沖縄から北海道まで通用する。
歌姫というのはいわば日本人の文化的チューニング装置なんですよ」
「面白い見方ですね。
歌姫をそんな風にとらえた事はありませんでしたよ」
「実は物凄く恐ろしい存在なんですよ。歌姫は。
伊達に姫の名前を冠してはいないんです。
時代の依代。その時代のチューニングマシン。歌姫。
時代を知る。歌姫を知るというのは、その時代の日本人を知る事に繋がるんです」
「だとしたら、今、この平成という時代をチューニングした歌姫は誰なんでしょうね?」
「何人か候補がいますね。
バブル期あたりから爆発的にCDが売れ出し、テレビがそれをけん引した事で多くの歌姫が競い合った時代でもあります。
彼女たちの歌が時代の記録として世に残り、歴史の評価を経て誰が時代を代表したか決まるのでしょうね」
「なまじ今を生きている我々はこの時代とはと問いかけられると難しいものがありますね」
「東西冷戦の終結、バブルとその崩壊、IT革命に新世紀、テロとの戦い。
そんな激動の時代に生きた歌姫たち。
彼女たちの歌は多くの世代に受け入れられていきました。
今だからこそ、彼女たちの歌を通じて時代を客観的に見る事が出来るのだろうと思いますね」
「それを考えると、最近の歌番組の少なさは寂しいですね」
「まあ、視聴率の問題でしょうけど、それだけじゃないですよね。
バラエティー色が強くなって、歌番組なのかトーク番組なのか分からなかったり。
これも今の時代と言えば時代なのでしょうが」
「そういえば、その歌姫の中に桂華院瑠奈公爵令嬢は入らないのですか?」
「彼女もきっと時代を代表するのだろうけど、歌姫としてはカテゴリーが違うんですよね」
「カテゴリーの違いですか?」
「彼女は将来を嘱望されているオペラ歌手でもあるんですが、彼女が記憶する時代を再生する層は上流階級にならざるを得ない。
もし、彼女が我々の時代を記憶してくれるのならば、オペラ歌手から歌謡曲側に来てもらう必要があるんですよ」
「彼女だったら、曲を書きたいという作曲者は多いでしょうね」
「このままオペラ歌手になってしまったら、時代のノイズとしては大きすぎる存在なので、後世の人が首をかしげるでしょうね。
だから、彼女には是非とも歌姫として我々の前に降りてきて欲しいものです」
「それは、オペラ歌手を羨望している側から恨まれませんか?」
「盛大に恨まれるでしょうね。
特に階層や階級が色濃く残る欧米での彼女の人気は絶大で、彼女のオペラ歌手としての歩みはその階層や階級への所属のお披露目という意味合いもあるのです。
それが歌姫として大衆の歌を記憶されるのだから、物語としては面白いのでしょうが」
「むしろ、彼女をモデルにした歌が出るのかもしれませんね」
「そっちの方が可能性が高いでしょうね。
時代の記憶者ではなく、時代そのものとして彼女の方が記憶される。
言葉遊びですが、あながち間違いではないでしょう」
「しかし、そうなると彼女の何を記憶するかで迷いますね」
「そうなんですよ。
公爵令嬢に、日本有数のお金持ち、テレビタレントと、その影響力はこの国だけでなく欧米にまで広がっていて、この間のテロ未遂です。
きっと一曲で終わらずに、複数の歌が彼女を歌い、それでも全てを記憶できないそんな存在になるんでしょうね」
「ああ。だからこそ、時代そのものですか。すとんと胸に落ちましたよ」
時代メモ
94年 松任谷由実『春よ、来い』
97年 安室奈美恵『CAN YOU CELEBRATE?』
00年 浜崎あゆみ『SEASONS』
中島みゆき『地上の星/ヘッドライト・テールライト』
01年 宇多田ヒカル『traveling』
丁度浜崎あゆみと宇多田ヒカルがバチバチにやりやっていた時代である。
この時期をリアルタイムに生きていた者として、この話を書くよりも調べた歌を聞く方が長くなるという本末転倒ぶり。
2023/05/26
中島みゆき「地上の星/ヘッドライト・テールライト」を感想で触れていたので加筆




