神戸教授のおとなの社会学 『手札論』
「人というものは、与えられた手札でしか勝負できません。
という事で、今日はこんなゲームを用意してみました」
神戸教授は机の上に謎の箱を出す。
トランプの箱が複数あって、神戸教授はトランプを取り出してシャッフルするとその箱に入れてゆく。
後で知ったがカードシューターというらしく、カジノで用いられるものらしい。
カジノ関係の振興会で披露されていたものに興味が湧いて、今回の授業の為に買ったらしい。
その後、関係者が「神戸教授だったら持って行ってもらってよかったのに……」とぼやく程度にはこの人の影響力を測る事ができる。
「という訳で、今日はポーカーをしましょう。
私に勝った人は、一条絵梨花くんが用意してくれたお菓子とお茶を先に堪能できる権利をという訳だ」
神戸教授はテレビの寵児の一人なだけに、この手のタイミングが実によく分かっている。
午後の授業。時間はおやつタイム。実にわざとらしく一条絵梨花が紅茶とおやつのケーキの香りを私達に漂わせれば、色気より食い気な私達。
気分はすっかりおやつである。
「ただし、今日行うポーカーにおいて、君たちは一枚しかカードを手にする事はできません。
つまり、私と勝負するのならば、五人集めて役を作りなさい。
そういうゲームです」
なるほど。
与えられた手札で戦うとはこういう事か。
そして、五人組を作れという訳だがさっと周囲を見渡す。
この神戸教授の講義は授業扱いではなく私の私的講義なので来ているのは大体一クラス分ぐらい。
つまり、端数が出る場合は勝負すら受けられない。
「なんとまぁ、えげつない事で……」
思わずつぶやく私。既に栄一くん裕次郎くん光也くんの三人も私と同じ思考にはたどり着いただろう。
で、ここから更に問題である。
「チェンジはありなのですか?」
明日香ちゃんが手をあげてルールを確認すると神戸教授は笑顔でそれを言った。
その笑顔、とても意地悪に見えたのは私だけではあるまい。
「なしです。
言ったでしょう。『与えられた手札でしか勝負できない』って。
貴方が誰と組むかがこのゲームの肝です。
あと、ゲーム性から私は五枚、チェンジ二回の権利を有する事を先に告げておきましょう」
そんな説明の間にも一条絵梨花が煽るかのようにお茶会の用意をしてゆく。
後で知ったが、帝西百貨店の有名店から取り寄せた特注スイーツケーキである。
「じゃあ、始めましょうか。
みなさん。カードを一枚ずつ引いてください。
全員が引き終わるまで、カードの情報は周りに教えない事」
かくして、ゲームが始まるのだが、引く前に栄一くんがぼやく。
「ああ。そうか。
このゲームは『誰と組むか』ではなく、『誰と組まないか』が肝なのか」
「え?どういう事?」
一枚ずつ引くために並んでいる列でのおしゃべりはルール違反ではないだろう。
私の質問に栄一くんがあっさりと理由を話す。
「与えられた手札で役を作る以上、手札から先に役を考えた方が早い。
そして、最高の役で勝つ必要はない。
ワンペアでも、教授が役無しなら俺たちが勝つんだ。
だからこそ、早く手を作る為に、役以外の人間と組まない選択が大事になる」
私と共に聞いていた光也くんが苦笑しつつ確信する。
「あの教授の事だ。
もう一ひねり何か仕掛けてくるぞ」
その予言は現実となった。
大根役者な一条絵梨花が実にわざとらしく言い放ったである。
「申し訳ございません。
頼んでいたケーキの注文にミスがあって半分ほどしかこちらに着ていないとの事……」
この瞬間、このゲームに早い者勝ちのケーキという餌がぶら下げられたのだった。
なお、配られたカードは以下の通り。
桂華院瑠奈 ハートの6
帝亜栄一 スペードのK
泉川裕次郎 クローバーの10
後藤光也 ダイヤの5
春日乃明日香 ハートの9
「誰か!誰かあと一人スペード居ない?
フラッシュができるのよ!!」
「4か9いないか?
こっちはストレートだ!!」
「行かないの?明日香ちゃん?」
「あの先生の事だもの。絶対何か仕掛けているから様子見」
そんな事を言う明日香ちゃんがすっと蛍ちゃんの首根っこを押さえている。
かくれんぼ能力を駆使してこっそりとずる(隠れてこっそりとケーキを確保するつもりだったらしい)をしようと企んでいたらしく、笑顔でごまかそうとするがもちろん誰も許す訳がなかった。
「ちなみに蛍ちゃんのカードは何なのよ?」
という訳で、みんなのお説教攻撃で涙目の蛍ちゃんのカードを見せてもらったが、蛍ちゃんのカードはクローバーの2だった。
また微妙なと内心思っていたら、神戸教授に挑んだ生徒たちが歓声を上げる。
どうやらスリーカードで勝ったらしい。
「お嬢様。
私でよろしければ、お力になれるかと」
いつもは控えている橘由香が前に出て持っていたカードを見せる。
クローバーの4だった。
私と光也くん橘由香と蛍ちゃんで2456。3が見つかればストレートの完成である。
「3居ない?ストレートができるわ」
私の声に皆が一瞬しんとなる。
この瞬間、私は分かってしまった。何で神戸教授がこんな授業を行ったのか。
人は与えられた手札でしか勝負できない。
だが、その人々の中には与えられた手札を集められる人間が居るという事を。
「あ。私、ハートの3です」
華月詩織さんが私に向けて手を上げる。
かくして、私達はストレートで神戸教授に勝負し、ワンペアだった神戸教授に勝つことができた。
なお、今回の参加者は37人で、久春内七海と留高美羽がゲームすらできずに脱落となった。
この授業でふと思ってしまう。
ゲームの桂華院瑠奈だったら、多分五人集められずに脱落していたんだろうなと。




