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現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
Prelude to Yusei Theater

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最後の化け物が伝えし剣技

結構ふざけながらも『化け物』について掘り進める話

 帝都学習館学園武道館。

 さすがに一時期ほど真剣にはしていないが、少し道場を借りて足運びの訓練をする。

 師匠である北雲涼子さんの見ている前で、逃げる剣を極めてゆく。


「竹刀の長さと自分の身長、腕の長さは常に把握して。

 剣道は、面・胴・小手と決められた場所を攻めるゲームでもあります。

 だからこそ、有効範囲をずらす戦術というのもあるのですが、それをすると体格差でやられる事もあります」


「体格差?」


「つばぜり合いで押し負けるんですよ。体格差が大きいと。

 近接戦で不覚を取るリスクは、勝つメリットより負けないリスクを考えるならば捨てていい考えです」


 その指導の的確さと割り切りぶりには舌を巻く。

 私が大会に出る場合はもう個人戦ではなく団体戦での助っ人であり、五人一組での五戦勝負だから、私が勝っても残りが全敗すると負けなのだ。

 つまり、私が一勝するよりも、他の四人に二勝以上させる方が勝率は高いのである。

 帝都学習館学園中等部の女子剣道部はエースになった高橋鑑子さんと私で二勝を取る計算はできていたが、元が人数の少ない弱小クラブなだけあって、勝ち進むのは厳しいというのが北雲涼子さんの見立てで、そういう大会で怪我なんてするのも馬鹿らしいと暗に彼女は言っているのである。

 さすが国威高揚の為に政治が介入していた東側剣道と思いながら私は踊るようにリズミカルに逃げる。

 剣道は私の進む道ではない以上、うまいアマチュアでいいのならば彼女の指導で十分だろう。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 この後使う剣道部員たちの視線の実に軽蔑ぶりが。が。

 なお、この輪に剣道部員の裕次郎くんや高橋鑑子さんは入っていないが、それ以上に苦々しい顔をしているのは見ないで上げよう。


「じゃぁ、今日はここまでです」

「はい、ありがとうございました」


 一礼して練習終わりという所で部外者の声が響く。

 女子剣道部は弱小クラブだが、男子剣道部は武家華族が多く在学している帝都学習館学園では名門クラブの一つな訳で、OBの有段者が指導をというのがよくある光景だ。

 そんな彼らにとって、侮辱以外の何物でもない剣の稽古をしている訳で、苦情はそれ相応に来ていたりするのだ。

 その全てを北雲涼子さんが理路整然と捌いてこれまでは問題が無かったのだが、今日の相手はいつもと違っていた。


「何をやっておるか!そんな剣を教えてなんになる!!」


 見るからに部外者の闊達なご老人が私に向けて怒鳴る。

 慣れた仕草で北雲涼子さんが私の前に入って説明をという所で、私の体が自然と動く。

 見ると、前の北雲涼子さんが戦闘態勢に入っていた。

 彼女越しに見えたご老人が実にいい笑顔で笑う。


「ほら。殺気に動ける輩にそんな剣を教えるなんて害にしかならん!

 そんな剣捨ててしまえ!!」


「ご老体。どなたか知りませんがお嬢様は……」


「儂が気に食わんのは!化け物が甲斐甲斐しく人の振りをしようとしておる所だ!

 化け物は化け物らしく強く恐れられるべきなのだ!!

 だからそれを教えてやる……」


 ご老人の手には杖。

 だが、私たちにはあれが血まみれた刀に見えていた。

 切っ先から滴る赤い血はきっと私のだろう。

 あ。この人は本物だ。


「一度きりだ。あとは見て覚えな」


 その声に、私はとっさに動いていた。逃げに。

 声もなく竹刀を打ち込んだ北雲涼子さんの影に隠れる形で後ろに下がるが、その声はえらくゆっくりと聞こえた。


「目だ。人は目で獲物を追い過ぎる。

 だから、それを崩してやると……」


「っ!?」


 言葉より早く、北雲涼子さんが飛ばされる。

 老人と高をくくっていたからこそ、その俊敏な動きに挙動を崩された上に、攻めた勢いを利用されて自ら転ばされたのだ。

 これは剣道じゃない。

 限りなく実戦を経験した剣技だ。しかも、かなりの使い手。

 北雲涼子さんという盾が消えた以上、私とご老体の距離はあってなきようなもの。

 それでも、道場から逃げるように入り口側に退避しようとして……


「だから、捕まえられるんだ。

 獣は獲物を退路で仕留める」


 踏み込んだご老体に竹刀を飛ばされる。

 ご老体の笑みが獲物をしとめたと思った瞬間、ご老体が倒れる。

 高橋鑑子さんのタックルに持っていた杖が転がり、裕次郎くんがその杖を蹴り飛ばしたのを見てご老体は両手をあげて降参する。


「……老いたな。傷の一つでもつけて手負いの獅子にでもしようと思うたが……」


「それで、何人の弟子を壊したんですか?

 この場はなんとか収めますので。どうか御退出を」


 高橋鑑子さんがぼやくと慌てて桂華の護衛連中が老人を取り囲もうとして、剣道部員の顧問側に制止させられる。

 つまり、そういう立場のご老体な訳で、これ以上のトラブルを避けるために私は大声でご老体に一礼するしかなかった。


「ご指導ありがとうございました!!」




 で、こんな騒動になった以上、私の周りが派手に動くのだが、今回はそれが無かった。

 その理由の為に、私は喪服を着て裕次郎くんや高橋鑑子さんと共に葬儀場を後にする。


「長くはなくてね。『道場の畳の上で死にたい』って連れてきたのよ。

 今わの際であんなに元気になるなんて、さすが桂華院さんね」


 神妙な顔で皮肉とも賞賛ともとれる言葉を吐いてくれる高橋鑑子さんに私も苦笑で返すしかない。

 なお、激怒した私の周りが抗議と報復にと動く前に、その夜に息を引き取ったというのだから見事な勝ち逃げである。

 その速さに米露あたりが報復で謀殺したんじゃねと疑ったが、両者とも首を横に振るばかり。


「で、あのご老体はどなた?」

「剣の師匠の師匠あたりで有名な人斬り」


 中々出て来ないワードが裕次郎くん側から出て少し驚く私。

 冗談かと思ったが、真顔なので本当なのだろう。


「太平洋戦争、満州戦争、ベトナム戦争と戦い続けた人でね。

 斬りも斬ったりで噂じゃ数十人を斬ってる訳で、助けられた人も多いのよ。あの人には」


 なるほど、そういう人か。

 確かに、その年代であの腕ならば、下手な剣豪なんて目じゃないわ。

 そんな人に狙われたら普通はビビるし逃げるわ。というか、よく生きてたなあの人。

 私の付き添いでついてきた執事の橘も懐かしそうな顔をする。


「あの時の大陸は、それは色々ありましてね。

 銃を使わない、使えない場面でああいう人が居るのと居ないので生死を分ける事がよくあったのですよ。

 藤堂さんもお世話になったとか」


 激怒した米側と報復を決意したロシア側を制止したのが実は桂華側というか日本側である。

 その裏事情は、冷戦真っ只中の大陸から東南アジアの戦争地帯で働いたこの国の非正規破壊工作員。

 下手に殺して何か出て来られても困るし、どうせもうすぐ黄泉路に行くご老人である。

 最後の最後で血迷ったという事にして、めでたくなかった事になった。

 幕末の人斬りの系譜は明治維新で近代化に潰され、日清・日露・世界大戦と冷戦の果てにやっと私という後継者を見つけて、それを伝えきる時間もなく潰えた。

 これはそういう話である。


「で、桂華院さん。

 あれ、できそう?」


 高橋鑑子さんのあれとは、あのご老体最後の技である。

 『見て覚えな』とあのご老体は言った。そして、それを私はしっかりと見てしまった。

 最後の最後。

 私が破滅して空港で沈められただろうあの時にこの技で逃げられるもかもしれないなと思いつつも、私はだからこそとぼけた。


「さぁ?」

やっている事は『F.S.S』の騎士の称号授与である。

だから、傷をつけるのが誉れというイメージ。

『BLACK LAGOON』の人斬り銀次みたいな人間が姿を消すのがこのあたりである。

ベトナム戦争に参戦しているので、この国の非正規部隊はかなり手練れという設定。

外国では絶対に『ニンジャコマンド』とか呼ばれていたんだろうな。


 なお、このご老体のイメージは『レイセン』(林トモアキ スニーカー文庫)の長谷部翔香の祖父である。『隠斬り』の話で出る兗洲虎徹がまたえぐいアイテムなんだ。呪物はああやって作られるのかと読み返して納得したり。


上手いアマチュア

『銀河英雄伝説 外伝』のウォリス・ウォーリック提督。

アッシュビー提督が居た事がある意味幸せであり不幸だった人。

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― 新着の感想 ―
[一言] 十数人じゃなくて数十人か…
[一言] お嬢様は見稽古の使い手じゃったか…… 刀語は2007年刊行だから作中だとまだか。 めだかボックスも2009年からだし。
[一言] レイセン面白いよね。
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