お嬢様がだべるだけ その11
原稿の息抜きである
ぎゃふん。
ちょっと護衛の訓練というか避難訓練をしたのだが、少し能力があるからと頑張って訓練の襲撃者相手に対等の喧嘩を売った結果が上のセリフである。
おっかしーなーと思いながらも悔しいのは悔しい訳で。
「というか、何で一対一で仕掛けているんですか?
お嬢様?」
雑談という愚痴に付き合ってもらった岡崎のジト目もなんのその。
ちなみに、雑談ついでに見ている映画は『最低でもこれを突破する能力を身に着けられたらどうぞ』とあきれ顔のアンジェラが渡してくれた映画なのだが……なにこれ酷い。
「というか、これは私でも無理じゃね?」
「そこで『やってやるわよ!』と言わないお嬢様の成長に多くの人間が涙するでしょうな」
完全他人事の岡崎だが、まさかこんな愚痴に付き合ってもらうとは思わなかっただろう。
なお、控えていたエヴァとアニーシャはまったく表情を出していない。
「そりゃまあ、襲撃されたらおとなしく逃げるつもりですけど、少しは手伝いというか足手まといにならないような感じのあれというか……」
「というか、お嬢様。
ぶっちゃけますけど、撃てます?人を?」
「……まぁ、無理ね。弾を弾くのが精いっぱい」
「で、今回相手がヒットマン系で来たからいいものの、こういう映画みたいなシーンだと相手機関銃ですよ」
というか、映画では車列が塞がれての容赦ない殲滅に私も額に汗が出るのを自覚する。
こういう事は途上国あるあるらしく、地元の有力者を抱き込まれた場合にこういう襲撃が実際に起きるから、日本の総合商社は地元の有力者にあの手この手で金を握らせているという。
岡崎の呆れ声にアニーシャも低い声で言う。
「うちの国、首都の劇場が占拠されたの2002年なんですよね。
ドンパチで解決するなら、チェチェンの泥沼はもう終わっています」
「むー」
ロシアはまさにテロ真っただ中。
本気で私への襲撃がありえるからと訓練を提案してきたのが実はアニーシャだったりする。
言わんとする事は分かるのだが、負けたら悔しいゲーム感覚があったのは否めない。
今、世界はテロとの戦いに全力を尽くし、テロ側も自爆上等という救いのない状況が続いていた。
映画のように銃で殺した殺されたで終わるのが上品な世界となるあたり、現実というのは本当に救いがない。
「ちなみに、こういう映画のような状況になる前にテロリストを潰すのが、お嬢様が負けた連中です。前提が違うんですよ」
「前提?」
オウム返しで聞く私に岡崎が苦笑しながらエヴァを見る。
なお、映画はある意味米国の中南米政策の右往左往をディスっているようにも見えなくもないから、エヴァの表情は鉄面皮の如し。
「たとえば、駅でテロリストが何かするとしましょう。
それを気づかれないように近づいてサイレンサーつきの銃で……勝負もなにも完勝と完敗しかないんですよ。お嬢様の相手」
ポンと手を打つ私。
まず前提条件が違っていたと気づかされた上に、岡崎は容赦なく追撃を放つ。
「それはお嬢様も同じだ。
そもそも、あの手の殺し合いに対等なんてある訳ないでしょうに。
ルールを捻じ曲げ、有利を押し通すのがお嬢様本来の戦い方です。
対等な勝負の時点で、お嬢様は負けているんですよ」
「むーーーーーっ!」
「どうせあれでしょう?
また深夜アニメを見て何かできる事を思いついたと」
ぐさっ!
そんな擬音が聞こえるかのように固まった私を尻目に、エヴァが岡崎にぶっちゃける。
「その通りでございます。ミスター岡崎。
『あ。これできる。かっけー』という報告を野月美咲から受けておりまして」
「アーーー!それ内緒にって言ったのにぃ!!」
「そんなことだと思いましたよ。ええ」
なんとも言えない声で岡崎が苦笑するが、これで話が終わらないのが大きな組織というもの。
ここから先は正直想定していなかった話である。
「で、お嬢様が負けた事で色々大変なんですよ」
「え?
私が『ぎゃふん』されて『悔しい』で終わりじゃないの???」
完全な私の素の声に岡崎はおろか表情を出さなかったエヴァとアニーシャまでが実にわざとらしいため息をついて愚痴る。
「お嬢様。
お嬢様は桂華院公爵家のお嬢様でございます。
そのお嬢様が、訓練とはいえ襲撃者に負けた。
『訓練とは言え護衛は何をしていた?』と詰められていまして」
エヴァの一言に完全に頭を抱える私。
そりゃ成田空港テロ未遂事件で警備関係者の首がダース単位で飛んだのは知っているが、まさかの訓練、ましてやお遊びでそんな事が起きるなんて想定できるわけもなく。
「お嬢様は北日本系の人材を雇用なさっているじゃないですか。
今回の襲撃役の連中、南日本の組織なんでうちの元々の仇敵なんですよ」
アニーシャの端々から漏れる怒気というか怨嗟に顔が引きつる私。
ああ。上の人間が気楽に動くと下がえらい事にというのはこういう所でも露呈するのか。
岡崎が容赦ない笑顔で私にとどめを刺した。
「ほら。華族って元武家の流れを汲んでいるから、やくざ以上に面子が大事なんですよ。
『次の訓練で、きっちりと落とし前をつける』と側近団や北樺警備保障の中島さんや北雲さんがやる気になっちゃって、多分次の九段下のテロ対策訓練ガチ装備でご招待するとか」
岡崎の白々しい声に頬に手を当ててやっちまったとうめく私。
北の装甲兵や特殊部隊がエントリーとは……
けど、まだとどめが待っていた。
エヴァの容赦ない言葉に軽はずみな事はしないと心に誓ったのである。
「なーぜーか、ニューヨークのアンジェラからその訓練に米国から友好と親善の為のチームがやってくるそうで。桜田門も付き合いから秘蔵のチームを出すとか出さないとか。
そんな楽しいお祭りに市ヶ谷も興味津々で……」
言えない……高橋鑑子さんとのおしゃべりで『次は刀で銃をはじきたいわよねー』なんて話してたとか言えない……
なお、その九段下の警備訓練。
各勢力右往左往の大醜態の修羅場の果てに『多分、確実に勝つならこれじゃない?』という神奈水樹のアドバイスを受け入れた側近団の切り札となった蛍ちゃんによってリベンジが達成された事を記しておく。
日本インテリジェンス史-旧日本軍から公安、内調、NSCまで (中公新書 2710)はマジでお勧め。
これと【MMD】V.I.P. https://www.nicovideo.jp/watch/sm41619453
を紹介したくてこの話を書いている。
見ていた映画『いまそこにある危機』
ジャック・ライアン最終的には大統領にまでなるんだよなぁ。出世ルートの階段が島耕作以上にろくでもないんだが……
見ていたアニメ
『MADLAX』 ちょうどこの時期放映中。
たぶんガン=カタとヤンマーニを習得したのだろう。
という訳で、某所にネタを提供してみる。




