帝都ガールズコレクション 2004 春夏 その2
「で、これが私のファッションという訳?」
トレーラーハウスの中で既に私はお人形状態である。
乙女にとってのファッションとは戦争における兵器である。
戦争であり、兵器であるという事は経済力がものを言うのが現代であり、私という核……げふんげふん。大量破壊兵器をどう投入するかがこのショーの成否を分けると言っていいだろう。
「テーマは『本物』。
いいテーマでしょう?」
お人形状態の修羅場モードに何故いる石川先生と言いたいが、カメラを持っていない事で無害アピールができるのはずるいと思う。
そんな先生はお人形な私にテーマの意味を染み込ませてゆく。
「今のブームは派手なお嬢様系なのよ。
で、それを否定する訳ではないけど、本物のお嬢様が本物を着るという形で最初カマせば、場が一気に引き締まるでしょう?」
分からなくはないという顔で着せられたレディーススーツを眺める。
程よい緑色のスーツに金髪が映える。
「この色の理由は?」
「黒で決めるほど大人でないし、紅白で主役を張られても困る。
その髪を引き立たせるのに苦労したのよ」
大人にはなりきれず、子供では物足りない。
そんな年ごろを反映した私のスーツを身に着けてショーの演出を確認する。
「舞台から出てランウェイを歩いて、中央に用意された私の席に座ればいいわけね?」
「そう。できれば尊大に」
石川先生は私をなんだと思っているのだろう?
顔に出ていたらしく、石川先生が先回りして一言。
「小さな女王様でしょう?」
ぐうの音もでない私に石川先生が楽しそうに笑う。
聞けば、総合演出のアドバイザーまでやっていやがった。この人。
「今まで少しコメディ風に出してきたから、ここで貴方の怖さみたいなのを見せたいのよ。
本物が持つ畏怖。それを見せた上で他のお嬢様もどきたちがモデルとして出て来るという訳」
「もどきって……」
なお、もどきどころかガチの帝都学習館学園卒業生、つまり華族の現役モデルも出ている女の戦場である。
そこの主役を掻っ攫うかたちはいかがなものかとなんて思ったが、こういう所での石川先生は妥協しない。
「何のために帝西百貨店のデパート・スーパー・コンビニで貴方のポスターを張り続けてきたと思うのよ?
彼女たちが憧れ、挑むのがお嬢様。貴方って訳。
もっと堂々としていなさいな」
「私、ラスボス?」
とてもいい笑顔と低い声で確認した私の声に、衣装・メイク・ヘアメイクのスタッフたちがすっと視線をそらした。
パシャッ!いつの間にかその瞬間をしっかり押さえるのだからこの先生は……もぉ……
「そう。ラスボスなんだから。
低レベルの勇者なんて蹴散らしてきなさいな」
なお、先生を問い詰めた結果、この発想は私が深夜番組でゲームをやっていた某国民的RPGから発想を得たとか。
納得。
帝都ガールズコレクション。オープニング。
その始まりは仲の良い帝亜国際フィルハーモニー管弦楽団の演奏によって始まる。
どれだけこのオープニングに力を入れているのか分かる。
ビゼー。『アルルの女 第二組曲 ファランドール』。
舞台裏で笑顔が引きつり、きっと石川先生を睨む。
声を出さずに口パクで石川先生を罵倒した。
(こ の な か を あ る け と ?)
(ふぁ い と ♪)
よし。
後で先生は殴る。
まだ冒頭の『3人の王の行列』はいい。問題はこの曲の『ファランドール』の方。
アップテンポのリズム曲の行進がクライマックスなのだ。
行進曲とフランスのプロヴァンス地方の民謡の大盛り上がりのクライマックスの中を堂々と歩けと?
ええ。やってやるわよ!これぐらい!!!
音を立てずにリズムを刻む。
目を閉じてイメージ。
歌わなくていい分楽と思え。
そのかわりに最高の歌姫を己にイメージしろ。
サラ・ベルナール。
『黄金の声』。『劇場の女帝』。『聖なる怪物』と称された彼女に成りきれ。
そして彼女が演じた最適の役を見つけ、己に降ろす。
『リュイ・ブラス』で女王の役。
スペイン王妃と平民の純愛物語。最後は平民が悪役と相打ちになり、王妃はその愛を死した平民に告げるという悲恋物語。
王妃は笑顔でなければならない。国が動揺するから。
王妃は愛を秘めなければならない。国王という夫がいるのだから。
王妃は歓声に応えなければならない。それは王妃の義務だから。
よし!!!
『ファランドール』クライマックスと同時に幕が上がる。
オーケストラの大演奏とそれに負けない歓声の中、私は堂々とゆっくりとランウェイを歩く。王妃の様に。
歩数。音楽の残り時間を計算しながら笑顔で堂々とゆっくりと端まで着くと立ち止まりポーズをとる。
尊大に可憐に妖艶に。
大音響のオーケストラがクライマックスに向けて駆け抜けてゆく中、用意された階段を下りて私の招待席に座ると同時に音楽が終わる。
大歓声と共に、この演出を企んだ石川先生がマイクを持って叫ぶ声はもう遠くでしか聞こえてこなかった。
「帝都ガールズコレクション 2004 春夏 これより開幕です!!!」
「そういえば、大体連れて来られる神奈水樹とユーリヤ・モロトヴァは何処?」
休憩の為にトレーラーハウスに戻った私の質問に橘由香が答えてくれた。
さすがに全部見るのは不可能なので、最初だけ見て撤退したのだ。
「モデルとしてこの後のショーに出ずっぱりとかで」
「ああ。かわいそうに」
ショーの成功はデザイナーの勝負所。
あの二人を放置できるほど、デザイナーたちの目は腐ってはいなかったらしい。
まぁ、私を使えないかという交渉拒否の生贄に捧げられたのだろうと察しての『かわいそうに』である。
ショーは三日間開催され、大成功のうちに終わった。
派手なお嬢様系
名古屋嬢
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%AC%A2
お嬢様のスーツ
グーグル先生に打ち込んだキーワード。
『シャネル スーツ レディース 緑』。中学生が着る金額じゃねーだろ。これ……
某国民的RPG
『ドラゴンクエスト』。目の前にラスボス竜王の島があるあれである。
なお、この時『ほとんど紐じゃないですか』水着で出たのに「はい。服を着てください」のいつもの一言で深夜番組にあるまじき抗議が殺到したとか。
アルルの女 第二組曲 ファランドール
https://www.youtube.com/watch?v=JnPpFUmN6lY
大体これの2分10秒あたりから登場してぴったりと終わりと同時に席に座るお嬢様の神演技。
もちろんアドリブである。
ファッションショーの雰囲気
https://www.youtube.com/watch?v=b64aAsO-NMU&list=PLqmCtqMdcAcOYZRLSoArmMyA9WrL-t2Jc&t=3s
2016年だけどこんな感じという事で。空気は察して頂けたと思う。
降ろしの所のノリは『Fate/stay night』のあれである。




