帝都学習館学園七不思議 将来ギャンブル その2
何はともあれ情報は必要だ。
という訳で、私たちは帝都学習館学園中央図書館に赴く。
「高宮館長には頼らないのですか?」
橘由香の質問に私は資料をめくりながら苦笑する。
どうやら彼女も私と同じことを考えていたらしい。
私は首を横に振って否定する。
「悪い人じゃないんだろうけど、まだ館長に頼るのは早いわ。
あの人、生粋の物語狂いよ。迂闊な行動どころか面白い物語に取り込まれかねないわよ」
神奈水樹が古い資料を机に置く。
古今東西の物語の中から今回の七不思議を類推するのだ。
なお、後ろの棚では当然のように蛍ちゃんがじっと物語を読み続けていた。
「賭け事をする神様もしくは妖怪の話の資料はこれで全部です」
「このあたり混同されているみたいね」
「何が?」
神奈水樹の納得に私が質問する。
彼女はつらつらと資料のいくつかをみせて説明してくれた。
そもそも賭け事の神というのは基本的にギャンブルが好きなだけで、それ故に賭博場を守護している場合が多い。
つまり、ギャンブルそのものを司っている訳ではないのだ。
話がそれるが、ギャンブルに勝つには『勝敗』を司る神様にお祈りするべきである。
だから、『勝敗』を司る神様への祈願は逸話が多く残っているが、その場所への逸話が驚くぐらいに少ない。
「たとえば、この平家物語の屋島の戦いでの那須与一なんてまさにギャンブルの最たるものよ。
『南無八幡大菩薩、我が国の神明、日光の権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向かふべからず。今一度本国へ迎へんとおぼしめさば、この矢外させ給ふな』。ちゃんと加護を勝敗の神様に願っているでしょう?」
私たちがうんうんと頷くと神奈水樹が楽しそうに笑う。
その先の言葉は完全なる盲点だった。
「で、この屋島の戦いって讃岐国屋島で発生しているのだけど、何で彼は地元の、つまり讃岐の神様にお祈りしていないのかしら?」
言われてみるとそうで、うどんにハマった私でも讃岐国に金刀比羅宮があるのは知っているし、あの四国が弘法大師空海の絶大なテリトリーであるのは私もお遍路衣装を着た身として理解している。
たしかにそのあたりの名前を義理でもいいから出せばいいのにと思ってしまう私に橘由香が自信なさそうに意見を述べた。
「そちらの神様はもしかして平家側についていたのでは?」
「そう。
この時代の戦いは、神様の戦いでもあったという訳。
特に、この戦い以降武家が政権を握ったので八幡信仰が急速に拡大……話がそれたわ」
神奈水樹の言葉はつまる所、我々が賭けている際には神様もまた賭けている事を示している。
つまり、二柱の神様、ディーラーとギャンブラーが。
その上で皆で資料を見ながら、今回の噂を整理する。
1)この学園内にギャンブラーが居る
2)そのギャンブラー相手に『将来』を賭ける
3)勝てば将来が約束され、負けると華族や財閥子弟でも没落する
「ずいぶん曖昧な噂ね」
「噂なんてそんなものなのよ」
私の言葉に神奈水樹が肩をすくめる。
既に一時間が経過していた。
「賭け事の神様かしら?」
「ギャンブルってのがひっかかるのよねー」
橘由香の言葉に神奈水樹が首をひねる。
いつの間にか二時間が経過していた。
「……」
「そう。背後にはルサールカが居るから、それも意識しないと」
何か謎のコミュニケーションで会話をする神奈水樹と蛍ちゃん。
気づいたら閉館時間が迫っていた。
「はい。皆さん。
閉館時間ですよ。
何か分かったのかしら?」
多分察してくれた高宮館長が部屋にやってきた時、資料を前に打ちひしがれている私たちが居た。
「私たちが無力って事だけ」
「あらあら。
じゃあ、ヒントぐらいは出してあげましょうか」
やっぱり把握していたのか……高宮館長……
私のなんとも言えない顔が面白かったのか、高宮館長は手を振って苦笑する。
「そんな顔をしないで。
この話、よく考えるとおかしいのよ。
ギャンブルをする人。賭ける人。
じゃあ、噂を流したルサールカはどの配役を与えられたのかしら?」
考える私たち。
ギャンブラー……今回のオカルト枠。
賭ける人……今回の被害者
何も知らない桂華院瑠奈……
ルサールカ……
「あれ?
私とルサールカの配役決まってない?」
私の答えに高宮館長は笑顔のまま厳しい点数をつけてくれた。
「50点。
このお話は、桂華院さんを不幸にするために行われているのでしょう?
桂華院さんから将来を奪う必要があるわよ。
つまり、ディーラーが居て、ルサールカが居て、賭ける人と桂華院さんが将来を賭ける物語を紡がないといけない訳」
その口調は真剣そのもので、まるで授業をしているかのような雰囲気すらあった。
だからギャンブラーなのかと私たちは納得し、高宮館長は更に続ける。
私を、桂華院瑠奈を破滅させるために作られた物語を。
「で、ギャンブルをする以上、勝つか負けるかの二択だけど、確定で勝ちたいならばズルをするしかないわよね」
「そんな都合のいいズルなん……て……」
高宮館長の言葉に反応した神奈水樹が怒鳴ろうとして黙り、ある方を見る。
ああ。ここに繋がるのか。納得。
(……?)
私たちの視線に気づいた本来は座敷童子になるはずだった蛍ちゃんが『なに?』と言いたそうに首をかしげたのだった。
私たちが無力って事だけ
『機動警察パトレイバー the Movie』の篠原遊馬の台詞。
こういう所で出してしまうぐらいこの映画は本当に好きだったりする。
金刀比羅宮
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%88%80%E6%AF%94%E7%BE%85%E5%AE%AE
この話を書くために確認して、結構怖いお方を祀っていらっしゃるとびっくり。
那須与一の祈願
https://shikinobi.com/heike-ougi




