神戸教授のおとなの社会学 『個性論』
「20世紀というのは大量生産の時代でした。
その為、人の個性すら生産の道具として使役する為に、教育という名で調整していきました。
この国では『富国強兵』という言葉がそれにあたりますね」
相変わらず絶好調な神戸教授。
今日の授業は『個性論』である。
ホワイトボードに神戸教授は『3σ』を書く。
「3σ。これは3シグマと言うのですが、先で学ぶ事なので具体的な事はその時の数学の先生におまかせするとしましょう。
これは生産現場では不良品をはじく基準となっている事が多いのです」
更にホワイトボードに書き足し『 X={∀x∈Ω|-3σ≦x≦+3σ}, X/Ω ≒99.7% 』という式となる。
それを書き終えて神戸教授は続きを話す。
「大量生産される物については、必ずズレやブレが発生します。
そのズレを不良品としてはじく基準がこの±3σです。
基準となる完成品からこの±3σを基準として、これから外れた物を不良品としてはじくのです」
にっこり。
とてもいい笑顔の神戸教授にこちらは悪寒が走る。
出てきた言葉はその悪寒が的中する事を知る。
「この国は、±3σから外れた人間を不良品として切り捨てたからこそ、経済大国に駆け上がりました。
20世紀の大量生産は、工場で同じ物を作るために、自らも機械と化して働く事を求められたのです」
ああ。この言葉を前世で知っていれば。
きっとあの末路は取らなかっただろうに。
「現在、この国の生産系企業で行われているリストラクチャリング。
それは、人を機械に置き換えていっていますね。
詰まる所、この国は人という機械をより高性能の機械に入れ替える事で、生産性を高めようとしているのです」
使われない機械は捨てられる。
だからこそ、前世の私たちは機械に、更に格安の外国人に負けて捨てられた。
「この国の教育は社会で働く良き歯車となれという方針を変えておらず、詰め込み教育という名の選別によって、人はどんどん機械化されていきます。
そして、±3σから外れている人間はどんどん排除していき、20世紀後半に生まれた若者達は、『個性がない』なんて言われ続けました。
そして21世紀。既に機械が大量生産を担うようになった今、彼らは不要となりつつあります」
ここで神戸教授は一息つく。
私たちの顔を眺めながら、わざと言葉をゆっくりと区切ってそれを口にした。
「ここにいる君たちは社会の良き歯車となれという国の方針の下で今学んでいます。
もちろん、君たちが入る機械は社会の上層部でしょうから、簡単には切り捨てられない場所なのは間違いがありません。
ですが、君たちですら切り捨てられる可能性があるという事は、頭に入れて置いてよいと思いますよ」
こういう時の神戸教授は実に楽しそうだ。
そんな楽しそうな神戸教授は、そのままホワイトボードに『個性』と書く。
「で、今回のテーマである個性です。
本当に使えるかもしれない個性は±3σによって排除された所にあり、その排除された何が次の時代に役立つのか、分かる術はありません。
私は、この21世紀は天才の時代であると主張しているのですが、この天才を世に出す為には、裏返すと±3σを、つまり私やあなた方を含めた99.7%を切り捨てる事が必要になるのです。
それ、可能だと思いますか?」
誰も答えないのは当たり前の話だからだ。無理だと。
神戸教授はあっさりと言う。
「無理ですね。絶対に不可能です。
新しい才能とは即ち、今までの常識にとらわれていない人間です。
それを社会は基本的に排除するようにできています。
じゃあ、そんな天才を使っている米国はどうなのかというと、あの国は徹底した弱肉強食です。
移民と言う莫大な人間の大半を弱者として切り捨てて0.3%の天才を見つけ出し、使っているのです」
まぁそうだろうなと思う。
あの国は個性というか才能というかどちらでもよいが、それでのし上がってしまえばあとは肯定されるという社会であり、それが覇権国家というものであるのだろう。
だが、それでも。
その理屈に納得できない気持ちは、前世に切り捨てられた記憶がある私には確かにあるのだ。
私たちのなんとも言えない顔を確認した神戸教授は実にわざとらしく話を変えた。
「ちなみに、この3σの概念と似てなくもない言葉は日本にも昔から有り、それは『千三つ』という言葉であったりします。
この由来が実に面白くて、今回の講義に落ちに紹介しようと思っていたのですよ」
警戒する私たちに神戸教授はその落ちを披露する。
「この言葉、嘘つきの意味があって『千回のうち三回ぐらいしか本当のことを言わない』という事を言っているんですよ。
時代が求める個性というものを端的に表しているでしょう?」
なるほど。
そこまで嘘を極めればそれは個性となるだろうな。
これ、千の所を弄れば色々応用が効くのかもしれない。
たとえば千人の内三人しか……
(桂華院さん!
貴方は間違っている!!)
あ。ゲームで小鳥遊瑞穂が私に対して堂々と全校集会で否定したのがそれか。
高等部生徒千二百人以上を前に堂々とした宣戦布告。
ゲームをやっていた時には溜飲が下がったものだったが……あれが『主人公』という『個性』だったんだろうな。
「どうした?瑠奈?」
「いえね。私って、個性ないなーって……あれ?」
私の言葉に栄一くんだけでなく裕次郎くんや光也くんまで目を逸らし、橘由香は頭を下げてこんな事を言う始末。
「お嬢様。
お嬢様にお仕えする者といたしましては、もう少し3σ側に寄って頂けると嬉しいのですが」
そんなやり取りをしながらふと思った。
あの時小鳥遊瑞穂が3σから外れた一人だとするならば、残りは誰だったのだろうと。
個性
これで『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平 ジャンプコミックス)を思い浮かべたが2014年なのでまだ出ていない。
富国強兵
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E5%9B%BD%E5%BC%B7%E5%85%B5
戦前日本のワードと思っていたが、元は中国の春秋戦国時代にまでさかのぼる。
3σ
これは大学時代のゼミの教授に言われた事である。
作家となった今、私は3σの個性として成ったのだろうなと思ったり。
ちゃんとした話の資料をぺたり。
3σと不良品発生の確率を予測する「標準正規分布表」
https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1805/25/news013.html
千三つ
https://makitani.net/shimauma/sen-mitsu#:~:text=%E5%85%83%E3%80%85%E3%81%AF%E3%80%8C%E5%8D%83%E5%9B%9E%E3%81%AE,%E8%8A%B8%E5%90%8D%E3%81%AE%E7%94%B1%E6%9D%A5%E3%81%A7%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
せんだみつおの芸名由来これだったのか……




