超豪華客船『シャングリラ』寄港式典

　東京。有明客船ターミナル。

　湾岸再開発の一環という事で引っ張られた私は、豪華客船の寄港式典に呼ばれる事に。

　華族なんてものが生き残っているこの世界では、そんなセレブな方々が利用する豪華客船のクルーズというのが根付いていたりする。

　まぁ、バブルのころに華やかにやっていたのがバブル崩壊で見事左前になったのだが、こうして私が呼ばれる程度に生き残っているのにもそれ相応の理由があったりする。

「でかいわねぇ……」

「豪華客船『シャングリラ』。

　総トン数12万トンを誇るアジアクルーズの女王。

　……その実態は、世界各地の華僑の人員・資本逃避船ですわ」

　この船に乗ると確実にお嬢様扱いされる劉鈴音が私の隣で説明する。

　光ある所に影あり。

　華やかな舞台の裏にもそれ相応のドロドロがあった。

「同時に、世界最大級のカジノ船でもあります。

　湾岸再開発におけるカジノは、このクルーズ船を引っ張れるかどうかにかかっていますわ」

　カジノ合法国の外国籍クルーズ船を用いて行う公海上での合法的なカジノ。

　ネットを飛び交うマネーロンダリングがメインとなったとはいえ、現物の札束が交換されるマネーロンダリングがなくなる訳もなく。

　こういう時、金に善悪は無いという言葉を否応なく意識する。

「対マカオを視野に入れているんでしょうけど、勝てるの？」

　この時期のマカオはカジノが外資に開放され、ラスベガスのカジノが今年五月にできたばかりである。

　それに伴い、アジアのギャンブルマネーがマカオに集中しようとしていた。

　私の質問に劉鈴音が微笑む。

「勝つ必要はないんですよ。

　この船は香港にも寄港しますし、マカオで勝った金を運ぶ為にも使えるんですよ」

「え？どうやって？？」

　普通の勝ち負けだと問題は無いが、たとえば奥から怖い人が出て来るような勝ちや負けだと金が支払われない可能性や下手すれば命すら失うのがギャンブルである。

　それを安全に持ち出せるというのならば、ちょっと興味が湧くというもので。

「簡単な話ですよ。

　マカオにあるこの船の系列のお土産物屋さんで超高額な美術品を買って、この船の中で売ってしまうんです」

「おい。それ三店……」

「お嬢様。この式典にそちらの方々が来ている事をお忘れなく」

　湾岸再開発のカジノが成功するかどうかは、許認可を握っている警察にどれだけの飴を与えるかにかかっていると言えよう。

　かくして、この式典の来賓席にはそういうお偉方がずらりと並んでいた。

「世界はITバブル崩壊とイラク戦争による低金利で莫大なマネーが世界中にばら撒かれました。

　この国の不景気が終わりつつあるのも、そういうマネーがこの国に流れ込みつつあるからなのは御存じでしょうに」

「知っているわよ。その低金利マネーでボロ儲けしたのが私だって忘れていない？」

「意識していらっしゃるのでしたら、私としては何も言う事はございません。

　お嬢様。どうか血塗られた金でもそれを糧に生きている人間がいる事をお忘れなきように。

　血塗られた金を綺麗にする事が善行であると考えている人が居る事をお忘れになりませんように」

　劉鈴音の返事に私はため息で返した。

　人の行いは善も悪もあるだろうに、金というものはそんなのお構いなしにある意味平等に、公平にばら撒かれ続ける。

「一応確認するけど、私の立ち位置は白でいいのね？」

「それをしたら、我々ですら日米露の三か国から詰められますわ。

　お嬢様のお体には一点のシミもつけさせない事をお約束します。

　限りなく白い灰色というのが、この場でのお嬢様の衣装と思っていただければ」

　なお、私はセレブリティな緑のドレス、控える劉鈴音は私付きのメイドという事でメイド服を着用していた。

　そろそろ夏の日差しの東京湾は結構暑い。

「じゃあ、あれ、なに？」

　私のジト目に劉鈴音は目を逸らす事で返事とした。

　ジト目の先に、『やっほー』と手を振る神奈水樹が。

　私以上にど派手なセレブリティドレスでゲスト乗船するらしい。

「こういう場所であの方々が出て来ない訳ないじゃないですか」

　同じく控えていたメイド服の橘由香が無表情でツッコミを入れるが、内心はらわたが煮えくり返っているのではないだろうか。

　軽く目線で神奈水樹に返事をすると、隣に居たど派手なセレブ美女が神奈水樹を軽く小突いて頭を下げた。

　思い出した。あの人神奈のビルで見たな。

「式典の後、今日の夜出航したあの船は、次の目的地である那覇港に向かうそうで。

　那覇到着後は飛行機で帰るから学校は心配ないと言付けを預かっております」

　今日は金曜日で、那覇到着が日曜日。

　その日の飛行機で東京に帰るから月曜の学校は問題がないというロジックであるが、私は呟かずにはいられなかった。

「もし、那覇で台風とかで足止め食らったらどうなるのかしら？」

　なお、そんな事は起こる事無く、私は月曜日にツヤツヤテカテカの神奈水樹を学校で見る事になる。