名古屋繁華街の噂話
「そういえばさ、東京の坊ちゃんどうするんだろうな?」
「栄一様の事か?
子供のお遊びでベンチャー立ち上げたと思ってたら、いつの間にか穂波銀行と帝西鉄道の実質的トップだからな。
帝亜家の未来は明るいだろうよ」
「まぁな。
たしか、その二社はこっちから人をやっているんだろう?」
「ああ。さすがに東証上場企業のトップが中学生という訳にもいかんだろう。
坊ちゃんつきの側近の親連中と本社のチームを送って差配している。
穂波は解体予定だが、帝西鉄道は一旦MBOで非公開にして再上場するか坊ちゃんを社長の椅子に座らせるかという所だろうな」
「二木財閥から急遽切り離された弊害だよな。
帝亜家が持つテイア自動車の持ち株比率の低さは」
「おまけに、今の経営陣は帝亜家じゃないのがまた……帝西鉄道のMBOってテイア自動車の実験じゃないだろうな?」
「ありそうだよな。それ。
最近は財閥解体をメディアで煽っているし、持ち株については帝亜グループで絶対に問題になるだろうし」
「帝西鉄道のMBOってどんな仕掛けなんだ?」
「坊ちゃんがやっているベンチャー企業の株を担保に資金を桂華金融ホールディングスと穂波銀行が出すのが前提。
総会屋事件で騒がれて表に出た帝西鉄道の不良債権処理で帝西鉄道グループ内部を再編し、不良債権処理と信用不安で足りなくなった金、およそ二千億円を坊ちゃんが出すという形だが、帝西鉄道創業家を追放して坊ちゃんの個人商店になるという見方もできなくはないな」
「その仕組みが成功したら、テイア自動車本体でも行うという訳か……」
「元々穂波銀行の救済案件だからな。帝西鉄道問題は。
穂波銀行の中の出鱈目ぶりにテイア上層部も見切りをつけて解体に舵を切ったのは知っているだろう?」
「ああ。規模の拡大なくしてメガバンクは生き残れないから食べたがっている所も多いと聞いたぞ」
「手を上げているのが二木淀屋橋銀行で、二木財閥の流れをくむここが猛烈にアプローチをかけている」
「なんであっさり渡さないんだ?」
「欲張って穂波銀行丸ごと食べたがっているんだよ。あそこ。
中が出鱈目でも美味しい所はある訳で、穂波コーポレート銀行あたりは売る必要がないしな。
何しろ自前の金融機関は二木財閥から切り離された帝亜グループにとっては喉から手が出るほど欲しかったものだし、相手がテイアが苦しい時に金を貸さずに二木に駆け込む原因となったあの淀屋橋だ」
「あー。あの因縁は未だ引きずっているよな。うん。
MBOで淀屋橋が絡まずに桂華金融ホールディングスなのはそれが理由なのか?」
「いや、そっちは別件。
元々東京の方で桂華院瑠奈公爵令嬢と親しくなったのが縁と聞いている。
坊ちゃんのベンチャーも桂華電機連合の子会社だから、坊ちゃんがしくじった時に株を回収できるようにという算段もあるんだろうな」
「あの小さな女王様か。
凄いやり手とは聞いているが?」
「やり手も何も、今の桂華グループを仕切っているのはあの女王様だからな。
一族の人間を財団の方に押し込めて、全てを差配しているって言われているんだから稀代の傑物だよ」
「あー。
うちの大番頭連中が桂華の真似をして財団立ち上げようとしているのはそれか」
「まぁ、坊ちゃんの才能は間違いないだろうが、座るのはどんなに早くても30年はかかるだろう。
その間本家と経営陣が対立しないなんて言えないだろう?
持ち株が低いのはこういう時に厄介なんだよ」
「案外、坊ちゃんを帝西鉄道の社長の椅子に縛りつけて、テイア自動車本体の所有と経営の分離を進めるとか考えていたりしてな」
「ありそうだよな。
帝亜家の人間は大事にしたいし、色々な恩もある。
それはそれとして、国際競争は激しくなるし、鮎川自動車ですら外資の軍門に下るご時世だ。
生き残るためにはとにかく才能のある奴が上に座り続けないといけない訳で」
「それで思い出したが、湾岸カーレースうちは何を出すんだ?」
「PRのハイブリッド車は確定、決戦機はA80を規制に合うように改造するらしい。
坊ちゃんも場所と女王様との縁でチームのスポンサーをするとかでエントリーしていたな」
「本当の庭で迎え撃つ鮎川は外国人社長の肝入りでZ33を改造するらしい。
首都高は奴らの庭だから負けられんと張り切っているな」
「そういえば、米自動車企業と提携していた巽も米自動車側がえらく乗り気らしい。
厳島神社のRX7安全祈願に向こうのお偉いさんがやってきたとか」
「レギュレーションがラリー仕様になりそうだって情報が出てから腹をくくったのが中島重工と岩崎自動車だろう?
業務提携している鮎川を気にする事無く決戦機を出そうとしているし」
「それで、大黒PAで三社のデータ収集チームがかちあって凄まじい空気になったとか」
「忘れちゃいけないのが鈴鹿技研。
こんなお祭りというかお祭りだからこその力の入れようで、既に想定コースをエントリードライバーで走らせているそうだ」
「さすが鈴鹿技研というべきか。
データについてはやっぱり現地の鮎川の方が分はあるだろうからな。
ドライバー選定まで入れて何処まで追いつけるやら……
外車連中はどうなっているんだ?」
「我が物顔で走っていた連中は軒並み出て来るだろうよ。
問題はうちら以上に現地データがない事で、ショップと組んで急いでデータ取りに走っているらしい」
「で、何処が勝つと思う?」
「まっとうならば、鮎川の優位は動かんだろう。
だが、テレビ屋が仕切っているまっとうじゃないレースだ。
まっとうじゃないからこそ……うちにもチャンスがあるってもんだ」
『小説・巨大自動車企業 トヨトミの野望』と『トヨトミの逆襲』 (梶山三郎 小学館文庫)を購入。
栄一くん周りのアップデートに使用する予定。
MBO
Management Buyoutの略。
経営陣による経営企業の買収。
株式を非公開にする事で、株主の声を聞かなくていいというメリットがあるのと、再上場する事で経営陣と金を出した金融機関が利益を得るという仕組み。
うまくいかなかったら、当然金融機関もただじゃすまない。
10/4 感想の指摘によりR35をZ33に修正。




