『ティル・ナ・ノーグ』リップクリーム裏技入手法
私のための専用ブランド『ティル・ナ・ノーグ』。
当然私の露出が増えるにつれて、そこのグッズが飛ぶように売れて、中には売り切れになる物もあったりする。
このブランドは私のためという事もあって中高生女子を対象にしており、価格はそこそこに抑えながら良いものを、というコンセプトになっている。
大体千円二千円程度で買える品物なので利益率は低いが、そのまま帝西百貨店の他のフロアで買い物したり食事をしてくれるのならば元は取れるという奴で、デパート離れが進みつつあったこの層を引き戻す為に貢献しているといえよう。
そういう戦略の下、少しこの手のグッズ販売にはからくりがあって、わざと在庫量を少なくしている通販はたびたび売り切れるけど、デパートなら売っていますよと誘導するように仕向けていたり。
そんな品物でも店舗に赴かず入手可能な方法というのはご存じだろうか?
まぁ、私こと桂華院瑠奈ならば直で手に入るものではあるが、それでは面白くないので少しだけ汎用性のある裏技をご紹介しよう。
「こちらが『ティル・ナ・ノーグ』のリップクリーム。一セットでございます」
「ありがとう。わざわざ学校に持ってきてくれて」
帝西百貨店外商部。
文字通りの『お得意様』相手の商売だからこそ、ここは百貨店部門でも別在庫を抱えている場所であり、売り切れなどが許されない彼らを使えば手に入らない商品はまずない。
もちろん、それ相応の費用は必要なのだが。
放課後、トイレもついている学園内の私の休憩室にて、私のお礼の言葉に帝西百貨店本店外商部のマネージャーはいい笑顔で頭を下げた。
「瑠奈お姉さま。ありがとうございます」
外商部のマネージャー自ら持ってきた一品を受け取る澪ちゃん。
今回の話は澪ちゃんが『ティル・ナ・ノーグ』のリップクリームが売り切れて買えなかったと昼食の席で言った事からじゃあ一緒に買いに行こうと私が言い、帝西百貨店に連絡を入れたら外商部のこの人が放課後すっ飛んできたという顛末だったりする。
デパートの本当のお得意様はデパートに行かないという言葉を体感する私だが、澪ちゃんとのおでかけが潰れたので内心は複雑だったりする。
一セットの中から一つを手に取り、そのままお財布をあけてお札を取り出そうとする。
「お姉さま。代金を支払いますね」
「いいわよ。澪ちゃんだし」
「ダメですよ。
親しき仲にも礼儀ありです」
「成長したわね。私は嬉しいわ……よよよ」
言うようになって妹分の成長に目を当ててウソ泣きをする私。
そんなやり取りの後、澪ちゃんからリップクリームの代金千円をもらって外商部のマネージャーに渡そうとすると、目が泳いでいるぞ。こいつ。
「まさか受け取らないって訳じゃないわよね?」
「いえ。受け取らないわけではないのですが……ええ」
気づいたのは控えていた橘由香だった。
澪ちゃんの手元のセットから一つリップクリームを取り出すと、それを確認したのである。
「ああ。これ、お嬢様専用特注品じゃないですか」
「え?なにそれ?」
その本人が知らない特注品とは何って言おうとして、橘由香が先に説明する。
ある意味納得の理由を。
「ほら。ここに桂華院家の家紋が。
これはお嬢様が使う用の特注品ですよ」
『ティル・ナ・ノーグ』は私の為のブランドではあるが、それをビジネスにする以上大量生産する必要がある訳で、どこかで大量生産品としての妥協点が出る。
それに対して、これは本当に私が使う物としてのオーダーメイド品なので、同じリップクリームでも違いが出る。具体的言うと価格とか。
「ちなみにおいくら?」
「お値段の十倍は頂くことに……」
「はうっ!い、一万円ですかぁ!?」
私の質問にマネージャーが汗をハンカチで拭きながら価格を言い、澪ちゃんの財布を持つ手が固まる。
中高生に一万円のリップリームは正直言ってお高い。
「ぶ、分割で……」
「澪さま。桂華院家の家紋つきを桂華院家に親しき者が買うなんてあってはならないので、どうかそのままお受け取りくださいませ」
出た。華族の見栄と、一般人の感覚のずれが。
私が『どーするのよ?これ?』とアイコンタクトでマネージャーを責めると『本人前にして特注品でなく量産品持ってくる訳ないじゃないですか!』とアイコンタクトで返された。
うーむ。あの写真家石川先生が社外取締役にいるだけあって、私の扱いが良く分かっていやがる。
「るーなーちゃん!
帝西百貨店の外商部の人が来てるって!?」
何でかウキウキでドアを開けて飛び込んできたのは明日香ちゃん。
まぁ、昼食の席に居たから私もちょうだいという下心見え見えである。
で、澪ちゃんの硬直ぶりで全てを察する明日香ちゃん。このあたりは明日香ちゃんも上流階級の人間という事なのだろう。
「あー。特注品?」
「正解」
「澪ちゃん。もらっちゃいなさい。
瑠奈ちゃんは、それぐらいで文句を言う女じゃないわよ。
だから私にも一本頂戴ね♪」
「……はいはい。
持っていきなさいな。この私の特・注・品・!」
こういう時持つべきものはノリツッコミができる友達である。
澪ちゃんに気まずい思いをさせなくていいのならば、明日香ちゃんに特注品の一本や二本……ん?
「明日香ちゃん。
あの話、聞いていただろう蛍ちゃんは一緒じゃないの?」
「あれ?
一緒に行こうって誘ってここに来たはず……???」
「ひっ!!!」
聞きなれた第三者のびっくりした声に全てを察した私と明日香ちゃん。
何度か繰り返された日常である。
「リディア先輩、遠くから聞き耳立てていたんでしょうね」
「欲しいけど、後からこっそりと……蛍ちゃんに見つけてくれって言っているようなものじゃない?」
リップクリームのケースを見ると、まだ本数はあった。
私が頷くと、明日香ちゃんも頷いて部屋を出てゆく。
入れ違いで入ってきたのは、薫さんに、詩織さん、待宵早苗さん、栗森志津香さん、高橋鑑子さんに、ちゃっかりと居る神奈水樹。
改めてケースを見るとこれ足りなくね?
私が言葉にする前に外商部のマネージャーが営業の顔で頭を下げる。
「車にもう一セットあるので取ってまいりますね」
このマネージャーはこの一件で、朝霧侯爵家や敷香侯爵家のお得意様を勝ち取るだけでなく、学園近くに帝西百貨店のアンテナショップが開店しそこの店長として大出世する事になる。
なお、このアンテナショップが絶対に『ティル・ナ・ノーグ』ブランドのグッズが無くなる事はないと有名になるのは少し後の話。
今回の話を思いついたネタ元
https://twitter.com/desukaru02518_u/status/1535281396545372160?s=20&t=bIuHvRHqwlBYH5XLBNdBJw
うちのお嬢様なら直で取り寄せられるなから話が膨らんだ。




