ドクタートレイン 2022/8/27加筆
北海道札幌市某所。具体的には苗穂工場と呼ばれる所に私たちは来ていた。
「では、テープカットをお願いいたします!」
なんかこの間も似たような事をした気もしないではないが、私は仲麻呂お兄様とともに笑顔でテープカットをする。
カメラ写りの良い場所には、今回の主役がお目見えしていた。
鉄道医療活動列車。ドクタートレインである。
「元々こいつは米国が発注したんですよ」
とは、ついてきた岡崎の説明である。
これを使う場所は言うまでもない。イラクだ。
独立準備中の南イラクはともかく、中央イラクはまだまだ安全とはほど遠く、北イラクに至っては終わりすら見えないトルコとクルド人勢力との泥沼の戦闘の中、病人や負傷者を安全に治療するにはという訳で、サウジアラビアから伸ばした鉄道を利用する事にしたらしい。
西洋医療そのものに忌避感がある場所だと医者自体が狙われるって、いつの時代よと思ったが、中東の地では未だ現役らしく、馬鹿にできないとは岡崎の弁。
列車の中に診察室や手術室やベッドが置かれて後方の病院に搬送できるという訳で、野戦病院の一つと考えればたしかにアリなのかもしれない。
岡崎の説明を聞いていた仲麻呂お兄様が続きを口にした。
「この国でも本格的にドクターヘリの運用が始まり出してね。
うちも鳥風会の社会還元事業の一環として運用を考えていたのだけど、ヘリの調達とかを岡崎君に頼んだらこういうのがあると紹介されてね。
恋住政権目玉政策の規制緩和にかこつけてこういうのをやってみようと音頭をとった訳だよ」
イラク向けの対軍事仕様ではなく、余り出していたブルートレイン用の客車の流用でこれを作ったのはそんな理由である。
なお、桂華グループに鉄道車両製造を商売にする越後重工があったのも大きかったり。
電源車・診察車・レントゲン車・手術兼寝台車・薬品等保管車・スタッフ休憩車の六両で編成され、DD51形ディーゼル機関車で引っ張る事になる。
ドクタートレイン用の時刻表も用意され、使われなくなった待避線を利用して朝・昼・夕方の停車で診察を行う週一でやってくるこの列車の利用者の為に駅の待合室が整備されると共に、深川駅と釧路駅に駅直結の総合病院を建てて手に負えない患者はそっちに回す他、他の場所でも大きな病院と提携して割引制度を導入する事になっている。
あと、健康診断にも利用するとか。
当然、大規模災害が発生したら最寄りの駅まで走って緊急医療を行うのは言うまでもない。
「もっと車両増やして病院みたいなものにしないの?」
「そこはもう素直に病院に行ってくれと。
これは、その病院に行くかどうかを判断する列車なんですよ」
「なるほど」
岡崎がイラク向け軍仕様との違いを語り、私は納得する。
イラク向けは長大編成の上に護衛兵士や線路修復用の資材車もある豪華仕様だが、裏返せばそういう襲撃や妨害があるという訳で。
そこまで考えなくていいからこそ、ここまでコンパクトになっているそうだ。
「で、こいつ何処で走るの?」
私の質問に当然ついてきた三木原和昭桂華鉄道社長が、路線図を見せて説明する。
桂華グループは北海道開拓銀行を救済した縁から、北海道帝国鉄道の支援を全力でしている。
しかし、改めて見るとでかいな。北海道。
「試験走行の後、銀河線と日高本線、根室本線、釧網本線、石北本線、宗谷本線、留萌本線、函館本線……」
なお、これらの路線の多くは炭鉱開発のおかげで長大編成の列車が走った過去があり、それに対応する待避線があったのも大きかったりする。
前に来た時に聞いた貨客混在列車やモーダルシフト促進も使われなくなったインフラ跡が残っていたというのが大きい。
鉄道にも歴史あり。
「つまり、北海道の都市部以外のほぼ全域って事ね。
どーりでこの列車三編成も作った訳だ……」
「北海道での実績が良ければ、他の鉄道会社も持つかもしれません。
民営化された帝国鉄道は多くの赤字路線を抱えていますからね」
私のボヤキに、三木原社長の言葉は重たい。
製造から維持コストまでけた違いの移動病院だが、それで賄いきれないぐらい北海道は広かった。
北海道ネタなので呼ばれたらしい泉川太一郎参議院議員がこっそりと教えてくれる。
「いずれ、三木原社長が言った路線は上下分離方式に追い込まれかねない。
そうなった時に、税金を投入する口実が絶対に必要なんだよ。
ヘリより雪に強いのも利点さ」
上下分離方式とは、線路や駅などのインフラを管理する会社と、列車を運行する会社に分ける運営形態で、維持費が多くかかるインフラ管理会社に税金を投入する事で鉄道会社の経営を助けるのが目的となっており、欧州の鉄道民営化の多くはこの上下分離方式で行われている。
地域で分割民営化された日本の鉄道の中でも本州以外の三島(北海道・四国・九州)は経営基盤が弱い事で有名で、四国はうちの四国新幹線がなければ青息吐息、北海道はこのざまであの手この手で経営改善に奔走しているが、それでも最終的には税金投入は避けられないと見られていた。
都市部有権者の『人の乗らない鉄道に税金投入するんじゃねえ!』という声に当選がかかるだけに議員は逆らう事ができなくて地方鉄道が廃線に追い込まれるのはよくある事なのだが、『地方に都市部と同じ医療を』となれば有権者も口を閉ざすというもの。
「病院建てればいいじゃん」>>「そっちの方がコスト高いし、まず地方に医者が行きたがりません」
「救急車やドクターヘリでよくね?」>>「それ、台風や豪雪に急患が出た時に言う勇気ある?」
という感じで黙らせたのも大きい。
とまあ、セレモニーが終わって中を見学していたのだが、えらくギスギスした空気の場所が。
医療関係者の団体のお偉方が互いを敵視しながら、この列車の使い道を尋ねていた。
「岡崎。もしかしてなんだけど、この列車って参議院選挙対策?」
「当たり前じゃないですか。
泉川参議院議員には次も通ってもらわないとという訳で、こういうネタを急遽用意したんですから」
岡崎の言葉でとてもよく分かったのは、それぞれの医療関係者の団体が持つ北海道の病院の片隅に泉川参議院議員のポスターが貼られたと聞いて、それでも片隅なんだと苦笑したのは言うまでもない。
苗穂工場
迷列車では苗穂の匠で有名。
ドクターヘリ
本格的運用は2007年から。
wikiぺたり。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%98%E3%83%AA
医者が狙われる
なお、医者のライバルになるのが地方に根付く呪術師で、こんなニュースがあったり。
強豪チームが黒魔術で敗戦?…サウジ警察が呪いの罪で呪術師を逮捕
https://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20160415/431207.html
ギスギスした医療団体関係者
日本医師会と徳洲会と民医連。
この時期徳田虎雄さんが現役だから、こういうの飛び乗ってきそうだよなぁと思ったり。
で、医師会と民医連が反発してだったらとそれぞれ一編成ずつ渡したという裏事情。
のせる医者どーするんだよと思ったが、樺太から逃げてきた医者とか居そうなのでなんとかなるだろう。多分。
『ブラックジャック』の『古和病院』の話は今読むと色々堪えるんだよな。
昔、妹の治療で片道二時間ぐらいかけて医科大学付属病院まで通っていたのを思い出して。
ついでに、厚生労働省の無医地区等調査のデータを張っておく。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/76-16b.html
8/27
感想にて『レントゲン室欲しい』とみて採用。
それに伴い運用まわりを加筆。




