帝都学習館学園七不思議 鵺武者フィードバック その4
「で、これがその本って訳ね?」
帝都学習館学園中央図書館。
その書架に収められていた一冊を前に、私と神奈水樹と橘由香は高宮晴香館長の説明を受ける。
やばいからこちらで確保して封印しようという交渉のためだったが、高宮館長は首を横に振ったのである。
私たちが困惑しつつその理由を尋ねるとこうである。
「物語は読まれてこそよ。
あなた方の手には渡らないけど、いつかこの物語を読む人が出るわ。
それを封印なんてもったいないじゃない」
そう言って、高宮館長は微笑んだのだ。
私たちがどうしたものかと考えている間に、橘由香が少し語気を強める。
「それでお嬢様の命が危険にさらされてもですか?」
「ええ。
知識は元々悪魔の林檎よ。
けど、それは手に取った人間の罪であって、林檎の罪ではないでしょう?」
絶句する橘由香だが、まさか桂華院家、それも私の危険に関わる案件を拒絶するとは思わなかったのだろう。
しかし、私は納得するしかない。
無類の本狂いから本を取り上げるというのがどれほどの苦痛を強いるのか分からなくはないからだ。
神奈水樹が苦笑しつつ質問する。
「という事は、この本を読んだのですね?」
「ええ。内容もあなた方に話す事はできるけど、直接読むのはお勧めしないわ」
「何故です?」
橘由香が横から口を挟む。
高宮館長の言葉が真実ならば、この本に書かれている内容は相当危険な物だ。
正直私は読む気も触る気もないのだが、橘由香の明らかに不機嫌そうな声に対して、神奈水樹は面白そうな声を隠さない。
当事者の私は口を閉じてなりゆきを見守るばかりだが、心配なのか隠れてついてきてくれた蛍ちゃんが指を×にして口に当てているので我慢がまん。
神奈水樹は気づいているんだろうが、橘由香や側近団には見えないんだよなぁ。かくれんぼモードの蛍ちゃん。
「この物語が桂華院さんに関わっているからよ。
隠したり封印して、かえって物語が変な方向にねじ曲がって桂華院さんに害が行ったら本末転倒でしょう?」
「今のままでも十分脅威なのですが?」
橘由香の声音は不機嫌を通り越して怒っている。
分からなくもないが、高宮館長も面白がっているな。これは。
「今のままでも30%の危険が、隠したり封印する事で50%に上がるって感じかしら。
この手の怪異に取り憑かれた時点で危険も何もないの。
行く所まで行かないと物語は終わらない。
それがハッピーエンドかバッドエンドかを選ぶ事はできるけどね」
それでいて、生贄となろうとしていた蛍ちゃんを助けようとしたあたり、いい先生である事は間違いがない。
ただ、物語狂いなだけで。
(!?)
高宮館長がスタスタと歩いて、隠れていた蛍ちゃんを捕まえる。
そういえば、昔この図書館でかくれんぼモードの蛍ちゃんを見つけたんだよな。この人。
「開法院さんも一緒に来なさい。
ちゃんと、ハッピーエンドに辿り着くように話してあげるから」
高宮館長は優しく微笑みながら私たちを諭す。
それは本と生徒を愛する者の言葉だった。
だから私はこの人の言葉を信じる事にしたのだ。
館長室には私たち四人に加えてユーリヤ・モロトヴァとイリーナ・ベロソヴァまで来ていた。
これ、後ろの米露政府に報告書を上げる為なのだろう。かわいそうに。
「じゃあ、私の所にルサールカがやってきた話を……」
「メフィストフェレスじゃなかったの!?」
「要するに、固定した何かではなくあくまで謎の怪異であって、それを私たちはメフィストフェレスだと受け止めたけど、高宮館長にとってはルサールカだったって事よ。
……なるほど。こうやって私たちの概念をルサールカに変えるつもりですね?」
高宮館長の語りにびっくりした私に神奈水樹が解説してその狙いまで見抜く。
鵺武者と同じように裏で暗躍していたメフィストフェレスはこれ以降ルサールカとして私たちの前に現れるようになるが、その物語は今から始まろうとしていた。
物語に魅入られた高宮館長が魔法のように物語を紡ぐ。
悪魔のように甘く優しく囁くように。
「あの本はね、『ブィリーナ』と呼ばれるロシアに伝わる口承叙事詩で、古ロシア語で書かれているかなり古い写本なのよ。
その中のどの物語からルサールカが出てきたかいくつか考えがあるけど、ハッピーエンドの為に少しだけあなたたちに問題をだしましょうか。
誰 が こ の 本 を 持 っ て い た の か し ら ね ?」
がつんと頭を殴られたような衝撃が走る。
そうだ。この本がやってきた事よりも、この本が誰の持ち物だったかが大事だった。
そして、その誰かに心当たりがあった神奈水樹がその名前を告げた。
「グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン」
「ああ。彼とは思わなかったけど、鏡台の由来であの時代からあった本だって事は分かっていたわ。
それだったら、あの本について、あくまで憶測としてだけど面白い物語がつけられるわね」
その名前を聞いて高宮館長は満足げに微笑むが、ロシア系であるグラーシャとユーリヤはその時点でドン引き。
ラスプーチンというのはそういう名前なのである。
きっと米露のその手の機関は頭を抱えるんだろうなんだろうなぁと、私の話なのに私は完全他人事モードで高宮館長の話に聞き入るしかなかった。
「あの本はね。
多分ラスプーチンのグリモワールなのよ」
なお、その後日米露のその筋と高宮館長との間で本を巡るバトルが発生したのに、見事返り討ちにした高宮館長は、あの本がある書架についての警備を大幅に引き上げる事を約束。
あの書架の為に専属警備員が置かれる事になった。
グリモワール
魔術書とかで訳される。
ファンタジー系の魔術師のお約束アイテムの一つ。




