帝都学習館学園七不思議 徘徊武者フィードバック その1
「そう遠くない時期に、次の七不思議が桂華院さんの周囲を襲うわよ」
神奈水樹は確かに私にそんな予言を吐いた。
それは受け入れよう。
だが、七不思議としてはこれはいかがなものだろうかと私は言いたい。
「ねぇ。知ってる?」
「なに?」
「最近、夜中に鎧を着た武者がこのあたりを徘徊しているって」
その噂話を聞いた私が橘由香に探らせるように言いつつ、蛍ちゃんと神奈水樹を呼び出したのは言うまでもない。
「あの徘徊武者ね。
まだ調査中なのよ」
まるで徘徊老人のように言う神奈水樹の言い方に不覚にも笑ってしまい、橘由香に目でたしなめられる。
例の神社の社務所にいるのは私と神奈水樹と蛍ちゃんと橘由香の四人。
神社境内に参拝を装って側近団が二人と、外に地域警備名目の警備員が車で神社側の駐車場で控えていたり。
「問題なのは、私も開法院さんもこの武者を見ていない所なのよね。
明らかに見える人間を避けている」
「それはそれでよろしいのでは?」
橘由香のつっこみは、二人だけでなくその見える人間だろう私も入れての発言なのだが、神奈水樹はしかめっ面を崩さない。
こういう時の神奈水樹は真面目なのだが、いつも真面目であってほしいとは橘由香以下側近団の総意なのだとか。話がそれた。
「このまま桂華院さんに絡まずに事件が解決しましたって事もありえるけど、これまでこの帝都学習館学園で桂華院さんが何回この手のトラブルに巻き込まれたか覚えてる?
絡む方に賭けて外れた方が、絡まない方に賭けて不意に巻き込まれるよりましよ」
「確かに。浅薄な意見をお許しください」
頭を下げて謝罪する橘由香を気にせず神奈水樹は腕を組んで考える。
その思考は自然に口に出ていた。
「情報が足りないのよね」
「え?
武者が徘徊しているって結構な情報じゃないの?」
私のつっこみに神奈水樹は丁寧に説明する。
多分、私と言うワトソン君に説明する名探偵ホームズのように。
「鎧って言っても時代によって違うのよ。
たとえば、この国の古墳時代に既に鎧はあった訳で、授業で見たでしょう?埴輪」
「ああ。あれも確かに鎧か」
(こくこく)
いつの間にか日本史の教科書を広げていた橘由香がパラパラと私達がイメージする鎧のページを開く。
「武士の世と言われる鎌倉時代から江戸時代末期まで大体八百年ぐらいですか。
鎧も色々種類がありますね」
「そんな訳で、鎧武者と言ってもどの時代なのかを特定しないと次にいけないのよ。
おまけに、ここは関東。つまり武士の時代のある意味聖地よ。
何が出てくるのか、今の段階では正直お手上げもいい所」
探す時代が広いという事は、下手すると同名の一族でも中身が違うなんて笑い話になりかねない。
たとえば、戦国時代の北条家は鎌倉幕府の北条家とは基本違う家だったりする。
戦国時代の北条家の武者だと思って対応したら鎌倉時代の北条家の武者だったなんて笑い話が笑い話でなくなるからオカルトは怖いというかなんというか。
「一応、目撃者の通報から監視カメラで探した結果、怯えている人や逃げ出す人は何人か見つかっています」
さらりと並みのお嬢様ではできない情報を提示する橘由香。
まあ、うち系列のコンビニや警備会社の監視カメラなんだろうが。
テーブルの上に広げられた写真には驚く人や逃げる人は映っていても、徘徊武者の姿は映っていなかった。
「一応、鎧を着て徘徊している人間の可能性は消えたかな?」
「ああ。その線もあったのか」
「あれ重たいらしいですよ」
神奈水樹の断言に私が口を挟み、橘由香が突っ込む。
蛍ちゃんは写真をじーっと見て黙ったまま。
「蛍ちゃん。何か気になった所があった?」
(こくり)
蛍ちゃんが気になったのは写真がすべて夜だった事である。
まぁ、昼間だったら大騒ぎになっているだろうにと私は思ったが神奈水樹はそれで気づく。
「ああ。そうか。
橘さん。これらの写真が撮られた時間って分かる?」
「監視カメラの画像ですから、日時と時間はここに」
橘由香が持ってきた写真の全てがある時間内に撮影されていた事が分かる。
その時間の古式ゆかしい呼び方を、神奈水樹は忌々しそうに言い放つ。
「丑の刻って訳か……じゃあ、これらの写真の撮影された場所をこのあたりの地図に書いてみるわよ」
ある種の確信があった神奈水樹と蛍ちゃんが地図に印をつけてゆく。
案の定、その目撃場所とおぼしきエリアが浮かび上がる。
「鬼門の方角……丑の時参りね。これ」
「丑の時参り?丑の刻参りじゃないの?」
それぐらいはオカルト好きな女子学生。
世紀末オカルトブームを体験した事もあって、この世代の女子はその手の話に結構詳しい。
私でも知っている言葉で質問すると、本職の神奈水樹はやんわりと訂正する。
「それは呪いの方。
元々は願掛けの儀式なのよ。これ。
ただ、おかしいわね?
この手の願掛けは見られたらいけないのに、既に噂になるぐらい見られている……」
(!!)
いきなりびっくりして立ち上がる蛍ちゃんに皆の視線が集まると、蛍ちゃんは何事もなかったかのように座りなおして気配を消そうとするが、長い付き合いの私は知っている。
これは蛍ちゃんが何か知っていて、しかもやらかした時の顔だと。
「蛍ちゃん。私達ともだちだよね」
(……汗)
「開法院さん。
ここで一人で解決しようってのはなしよ」
(……滝汗)
「開法院さま。
こちらにこの後皆で食べるロールケーキをご用意しているのですが、いらないのですか?」
(……泣)
多分食欲に負けた蛍ちゃんが泣きながらおいしそうにロールケーキをいただきつつ説明してくれた。
鎧武者が出た裏鬼門の位置にこの神社がある事。
この神社と徘徊武者出没エリアの対を成す場所に開法院家の風水陣の仕掛けの一つがあった事。
つまり、私達がぶっ潰した座敷わらし製造システムの副作用が多分これだという事を。
鎧
たとえば、鎌倉時代の鎧は対刀や対弓矢を考慮して作られているが、戦国末期になると鉄砲伝来から対銃防御も考えられていたり。
そのあたりの戦い方が分かる『逃げ上手の若君』(松井優征 ジャンプコミックス)はいいぞ。
北条と北条
何も知らなかった私は『すげぇ鎌倉時代から戦国末期まで関東に君臨していたのか』と思っていた。
最近では区別の為に『後北条』なんて呼ぶこともある。
丑の刻
午前1時から3時の間で、『草木も眠る丑三つ時』は午前2時から2時30分を指す。
鬼門と裏鬼門
風水用語で、北東の方角が鬼門でその反対側の南西の方角が裏鬼門。
この方角に玄関や水回りを作るとよくないとよく言われる。




