お嬢様が馬主になるそうです ケイカプレビュー ユニコーンステークス
「そういえばさー。樺太の競馬の話ってどうなっているの?」
東京競馬場。馬主席。
私たちの会話に周囲の馬主たちも耳を澄ませている。
樺太競馬設立は、国内だけでなく欧州やアラブを巻き込んで急速に進もうとしていた。
「競馬場は既に工事に入っているそうですよ。
コースモデルは大井競馬場だそうで」
樺太競馬場は、樺太という地理的特性から夏競馬が中心になる。
そして、三歳国内ダート路線の整備という位置づけから、G1級のレースを桂華主催で行う事が既に決定していた。
それで敷香リディア先輩の言葉を思い出した私が、岡崎に尋ねる。
「何で樺太の競馬に欧州とアラブが絡んでくるの?」
「アラブは簡単ですよ。
ドバイワールドカップ。
あれを盛り上げたいんですよ。彼らは」
競馬、ことG1クラスの馬は出るレースが大体決まっているのだが、ダート馬の場合G1レースそのものが少ないので、ダート馬を作らないという事がこの時期結構あった。
そこに、そんなダート馬救済も視野に入れた夏のダートG1レースを開くという物好きが現れたのだから、彼らも全力で応援する訳で。
「ドバイワールドカップの後に、この夏の樺太と繋げられますから、ダート厩舎もだいぶ助かるでしょう」
「けど、ドバイワールドカップって、フェブラリーステークスと時期かぶっていない?」
私の質問に岡崎が実にいい笑顔で言い切る。
あ、これ悪だくみをしている時の顔だ。
「だから、うちみたいに賞金ではなく『勝ち』を欲しがる連中にはなおいいんですよ。
ライバルがばらけるので」
そんな話をしながら岡崎の視線の先には、馬主たちと実に楽しそうに話をする天満橋のおっさんの姿が。
話題はあのおっさんが『桂華の大逃げ決戦兵器』と吹聴して回っているケイカツインロマンの事だろう。
おっさん曰く、公表してから何故か怒涛のように届いたファンレターには『よく血を繋いでくれた』という感謝や激励の言葉が。
あそこにいる連中も、私よろしく93年七夕賞とオールカマーに魅了されたんだろう。きっと。
「あれ、おっさんの隠し玉だけど、うちの正規で来年デビューするのっているの?」
「居るにはいるんですが、G1となると難しいですね。
ぶっちゃけると、来年デビューでG1取れそうなのはあのケイカツインロマンが最有力なんですよ」
競馬というのはレースに出してなんぼではあるが、その血を繋ぐ事も大事である。
うちみたいな新参馬主も買った馬を繋げて次の世代への橋渡しをするというのが大事という事をやっと私も分かってきた所だったり。
「そろそろパドックに行きましょうか」
「ええ」
岡崎に促されてパドックに。
ユニコーンステークスは東京競馬場で行われる1600メートルのダートレースであり、今日の天気は晴れで馬場は良である。
人気は三番人気。
ヒヤシンスステークスの大逃げ勝利と伏竜ステークスと端午ステークスの掲示板入りの評価という所だろう。
ヒヤシンスステークスみたいな走りをしたら勝てるんじゃねというのが私を含めた陣営の見立てであり、それがそのまま今回のレース展開のポイントの一つになっていた。
(じーっ)
なんか前にもあったこの光景。
違うのは、これを周りも私も認識しているという事である。
(あの馬お嬢様を見ているぞ……)
「私を見ているわね。あれ」
「頭はいい馬なんでしょうなぁ」
周囲の声なき声に私がツッコミ、岡崎が苦笑する。
なんで見ているのかよく分からないが、それでこの馬を買ったのだから縁というのは不思議なものである。
東京競馬場第十一レース。ユニコーンステークスは快晴の中出走馬がゲートに入ろうとしていた。
こうなると私達はただ見ているだけしかできない。
ファンファーレが鳴りゲートが開き、レースが始まる。
「逃げてるわね」
「大逃げしないな」
「調教師に聞いたら、ジャパンダートダービーを視野に入れてるそうなので、それに合わせてるんでしょうな」
綺麗に逃げる。
序盤から中盤にかけて終盤でも。
そして、ついに誰も捕まえる事は無かった。
二馬身差をつけての完勝。
三人そろって歓声をあげて万歳したのはいうまでもない。
「すいません。お嬢様。こっちに笑顔をください」
「こっちにも、後でインタビューもお願いします」
(じーっ)
ウイナーズサークルでの記念写真時、私たちの心は一つとなった。
じーっと私を見ているケイカプレビューを前に、後のインタビュー時の質問に私も岡崎の言葉で返事をすることにした。
「頭のいい馬なんですよ。ずっと私の事を見てまして、それが購入のきっかけで……」
「で、ジャパンダートダービー勝てる?」
「きついかと」
「無理でんな」
帰りの車の中、私の質問に岡崎と天満橋もぶっちゃける。
調教師とも話したのだろう。二人の言葉に淀みはない。
「掲示板から外れる事はないでしょうが、勝ち切るには距離が長すぎます」
ジャパンダートダービーの距離は2000メートル。
この+400メートルの距離を逃げ切れるかというのがケイカプレビューの課題だったのだが、今回のレースの完勝で分かった事を岡崎が言う。
「多分こいつ、今の距離ぐらいが限界なんですよ。
1800メートルならまだしも、2000メートルは逃げ切れないでしょう」
レースを走って分かる事というのは確実にある。
ここまで見事な勝ちっぷりを披露されて、やっと私たちもこの馬の適正がどこなのかを理解しつつあった。
「伏竜ステークス、端午ステークス、ユニコーンステークスと短期間で走らせ過ぎましたからな。
馬体に異常はないと聞いとりますが、勝ち目のあらへんレースに出すよりも休ましたりましょ」
ここで無理してG1を狙いに行くのも樺太競馬の件もあって政治的にありなのだが、元々がお試しの馬なのだ。
無理して壊してなんて事は私もしたくない。
「いいわ。
ジャパンダートダービーはパスして放牧に出しましょう。
そうなると、次のレースってどれになるの?」
私の質問に岡崎と天満橋のおっさんがハモった。
後で調べたが確かにケイカプレビューでG1狙うとしたらこれだよなぁ。
「「マイルチャンピオンシップ南部杯」」
お馬と車は基本サイコロと読者の感想に任せるスタイル。
完璧に仕上げた(6ゾロ)結果、完璧すぎて限界が露呈したという話。




