虚塔の宴 その5
話が進まない理由
資料のアマゾン待ち
「君にとっての落としどころをどういう風に考えているのか聞いてみたくてね」
そんな言葉で泉川副総理との話は始まった。
許認可権ビジネスだから最後は絶対に政治が出て来る。
ある意味、彼が出てきた事でやっとこの宴がクライマックスに入ったとみていいのだろう。
「どうもこうも、今回の私は完全に受け身です。被害者です。
落としどころもなにも考えている訳ないじゃないですか」
私のボヤキに泉川副総理が苦笑する。
世界を舞台にしたグレートゲームの一局面、その陰謀の残滓の後始末がこの宴の正体であり、ついにプレイヤーとして関われなかった私が落としどころも何もというのはまごう事なき本音である。
「まぁ、そうだろうな。
とはいえ、やってもやらなくても叩かれるのが政治で、だからこそ調整が必要になる。
その為にも君には筋を通しておこうと思ってね」
その言い回しに臭いみたいなものを感じた私は首をひねる。
私に筋を通す……はて?何か虎の尾を踏んだか?
「阿蘇総務大臣への助け舟。
これでわかるだろう?」
「ああ。なるほど」
恋住総理が出た時の立憲政友党総裁選で私が阿蘇総務大臣を推し、泉川副総理もそれに乗ったのだ。
この宴は旧郵政官僚が抵抗すればするほど、組織のトップである阿蘇総務大臣に批判が集まる構図になっていた。
「私は上がった人間だ。いずれは派閥を渡さなければならないが、多分阿蘇君に渡すことになるだろう」
加東さんが失脚した事で泉川派は分裂が解消されたが、同時に後継者として出てきたのが阿蘇総務大臣である。
ここで躓いていたら派閥継承、ひいては次の総理に響くという訳だ。
現状、恋住政権とよい関係を築けていない政商桂華にとっては、泉川派を継承した阿蘇政権は政商復権となる訳で。
「すっごいぶっちゃけますけど、私、富嶽放送、富嶽テレビについては何も考えてないんですよ。
今回の買収も、富嶽が握っているだろう黒革の手帳と湾岸開発の先にあるカジノが目的な訳で」
「ああ。カジノの件は裕次郎から聞いている。
構造改革特別区域法と華族特権を絡めた話は、総理の耳に届けて特区大臣に指示を出している。
都知事も乗り気で、法案を通せるかどうかは国会運営次第だが、参議院選挙前には形にするつもりだ」
「また話が早い事で……」
さすが与党。この手の話の食いつきと根回しが早い。
華族特権解体を目指す恋住政権は食いつくと確信はしていたが、選挙前に形にする事を確約するとは……ん?
これ、私への飴込みか?
私も華族だからなぁ。華族解体に合わせて桂華院公爵家としての食い扶持のカジノ利権。
本人にその気はないのだが、そうとしか見えないよなぁ。これ。
「本題に入りましょう。
ニューヨークのオークション。どのような落としどころをご所望で?」
「こういう時は、先人の言葉を使わせてもらおうか。
『和を以て貴しとなす』なんてどうかな?」
冗談にも聞こえる泉川副総理の一言に私は吹き出しそうになるのを我慢する。
それがオーダーなのだとすれば、今までのオークションは何だったのかと突っ込みたくなるのを我慢して、その意味を理解した。
「なるほど。残っている連中はうちを含めて中に入れても問題がないと」
「というより、複数で入って相互監視で動けないようにというのが富嶽の言い分だ」
「なんとまぁ、甘い事で」
こういう事を富嶽側が言うのは、富嶽放送を動かしている連中が現場という事があげられる。
つまり、資本の論理で縛られたくない連中だからこそ、その資本の論理で縛って現場は今まで通り好き勝手させてもらおうというあたりか。
ならば、こっちも彼らに情けをかけてやる義理はないだろう。
「わかりました。
どうせ橘に話は通しているのでしょうから、あとはそちらの筋書き通りに動きますとも」
「助かる。
小さな女王様。これは独り言だ。
ここで総理が動く意味を忘れないでくれよ。
彼が参議院選挙を乗り越えた後、何も縛りが無くなるという意味をね」
そう。この宴よりも華麗で苛烈で日本の政治史にずっと残り続ける、あの郵政民営化法案を巡る劇場が待ち構えているのだ。
それに向けて、邪魔なものはすべて片付けるつもりなのだ。
「もちろん。
ここで本当に総理の虎の尾を踏むなんて愚かなことはしたくありませんから」
そういって電話を切ると、控えていた橘に告げる。
私もこの宴から去る事にしよう。
「聞いた通りよ。
橘。あとは任せます」
第五回富嶽放送入札結果 二十一億三千五百万ドル
1 二十一億三千五百万二ドル
桂華商会&ガーファ・コーポレーション
2 二十一億三千五百万一ドル
アヴァロン・アトランティック&フェブエッジ
この第五回入札の後四社合同記者会見を開いて、買収後の富嶽放送の持ち株33%を桂華商会とフェブエッジが半分ずつ出資する子会社が保有。
残り18%をガーファ・コーポレーションが保有し、アヴァロン・アトランティックは富嶽放送と業務提携をする事が発表された。
それを政府と富嶽放送側も歓迎した事から、世界は資本の論理とは別の論理の帰結に唖然とし一部非難の声も出たが、所詮かれらは観客であり文句は言えるが介入できなかった。
ある意味大山鳴動して鼠一匹で終わったこの騒動は、各方面に多大な後始末を残しつつ、今年春のちょっとしたニュースとして時代に忘れ去られる事で終わった。
和を以て貴しとなす
聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に出てくる言葉。
それがいいかどうかの前にこれを第一条に持ってきた意味を考えろと教えてくれた歴史の先生の言葉を思い出したのでここに残しておく。




