虚塔の宴 その4
アップデートされるとかえって分からない話
岡崎がニューヨークに行く前に私に声をかけた事を思い出す。
「月光投資公司は絶対にこの競売に絡んできます。
それも、決定的になる瞬間にです。
それを見逃さないでください」
「いやさ、その瞬間を見逃すなって言われても、こっちは何もできないんだけど?」
私のボヤキに岡崎の顔は真剣だった。
それに気づいた私も顔を引き締めると岡崎が続きを口にする。
「あいつらは所詮第三者です。
しかも、勝ち組に乗る連中だから、奴らが乗る方が勝ちます。
つまり、奴らと違う方に乗った時に、選択を迫られます。
乗り換えるか、負けるかです」
「勝つって選択肢はないの?」
「こいつらはお嬢様を『勝たせよう』としていたじゃないですか。
このまま順調に勝たせてくれるならば、それはお嬢様の勝ちに月光投資公司が乗っている事を意味します」
そんな事を言っていた気がする。
だからこそ、海外で炸裂したこの爆弾について月光投資公司だろうと私は当たりをつけたのである。
『おはようございます。
米国メディアが報道した富嶽放送の競売に絡む総務省のマスメディア集中排除原則の要請に対して、競売参加企業は沈黙を守る事を回答にしています。
しかし、このマスメディア集中排除原則が東京都港区東新橋の帝国テレビなどで守られていない事が米国メディアの取材で発覚した事で総務省は釈明に追われそうです……』
学校に行く前に橘にニュースの事を聞いてみた。
橘はとてもあっさりと、このニュースの意味を言い切ったのである。
「つまり、総務省が富嶽放送の競売に口を挟めなくなったという事です」
なるほど。
今日一日のテレビの大混乱は、そりゃもう無様と言っていいものだった。
まさか自分が殴られるとも思っていなかった事もあって、メディアの論調は180度変わる。
「放送法によって守られなければならないルールというものがあります。
入札企業各社はそれをしっかりと心に刻んで欲しい所ですね」
お昼のワイドショーのコメンテーターがしたり顔でそんな事を言う。
なお、このコメンテーターの昨日の言葉を抜粋しよう。
「今やメディアもグローバルな時代が迫っているという事なんでしょう。
富嶽放送がこのグローバルな波に乗れると思いたいですね」
メディア各社が自社防衛を視野に入れた方針転換に切り替えたのは、あまりにもタイミングが悪かった。
まだ競売開始前にそれを言うのならばともかく、競売が始まってそろそろ落札者が決まる前での方針転換。
視聴者も馬鹿ではない。
そして、このニュースを受けての阿蘇総務大臣の国会答弁がこれを決定づけた。
「これらの件については、現在の形に合わせた形に放送法の改正を視野に入れて……」
『現在の形に合わせた形』に。
つまり、今ならば何をやっても現在の形に合わせられると取られたのである。
かくして、総務省というか旧郵政官僚の白旗に金を持った連中が暴れまわる。
「もしもし?」
「お久しぶりです。お嬢様。
不躾ですが、岡崎社長に頼んで繋いでもらいました」
「一応とは言え中学生に授業を中座させてまで話すような事なのでしょうね?
町下ファンドの代表さん」
実にわざとらしくツンツンした声で私は芝居をする。
飛び級で大学資格を取りに行っている私にとって、授業は出席する事に意味があるものでしかない。
そんな私の芝居を知ってか知らずか、町下代表は餌を投げ込んできた。
「帝国文化テレビ買いませんか?」
「……私の会社、一応富嶽放送の競売に残っているんですけど?
ついでに言うと、テレビ局の二社保有はさすがに政府が許さないと思いますが?」
「ああ。失礼。
言い方を変えましょう。
帝国文化テレビの保有株を買いませんか?」
その誘いには少し心が動く私が居た。
この帝国文化テレビは半導体製造装置の電気機器メーカーの株を5%ほど保有しており、その電気機器メーカーの半導体製造装置のシェアが世界一位だったりする訳で。
桂華電機連合に取り込めるのならば、これほど心強いものはないからだ。
「代表。そうやって何人のIT長者に甘い水を向けたんですか?」
「さぁ?覚えておりませんな」
「ちなみに、買った所で株主に還元できるような企業統治はできませんよ」
彼が六本木の高層ビルのオフィスで、IT長者たちを前に、色々資本の論理的に甘い企業群を語り、彼らの金を使わせようとしていたのは知っている。
なお、そんな資本的に甘い企業に我が桂華グループもしっかり入っているのまで掴んでいる。
それでも彼はこういう事を言うのだからビジネスというのは非情である。
「そういう企業の為に、我々は居るのです。
お嬢様。世間はハイエナ等と面白おかしく語るでしょうが、私は株主の利益を常に第一に考えております」
それは嘘がない。
ただ、その株主の利益を第一に考えすぎるだけで。
授業の鐘がなる。
それは電話向こうの町下代表にも聞こえただろう。
「とりあえず言質は与えませんが、実際に帝国文化テレビを買ってから岡崎あたりと話をしてください」
「ええ。少し先走り過ぎたようですな。
失礼しました。授業頑張ってください」
電話を切ると、当然のように控えていた橘由香に私は告げる。
ため息がついでに出たのは、ある意味当然だろう。
「ムーンライトファンドに連絡をとって、帝国文化テレビをチェックしておきなさい。
多分動くわよ」
私の予想は現実になった。
その日の時間外取引で、パラダイス・ワンダーマーケットが帝国文化テレビ15.5%の株式取得を発表。
獲物を切り替えた事を世界に晒したのである。
第四回富嶽放送入札結果 二十一億三千万ドル
1 二十一億三千五百万ドル
アヴァロン・アトランティック&フェブエッジ
2 二十一億三千三百万ドル
桂華商会&ガーファ・コーポレーション
3 二十一億三千万ドル
パラダイス・ワンダーマーケット&帝国電話
この入札でパラダイス・ワンダーマーケット&帝国電話が脱落し、二十一億三千五百万ドルから第五回入札が始まる事になる。
国内の電波行政の大混乱。派手なTOB合戦。法廷闘争とこの宴は大盛り上がりを見せ、華族財閥VS新興ネット企業という最後の対決に日本だけでなく世界すら注目するようになる。
かくして、宴が最後の幕をあげる。
マスメディア集中排除原則
総務省のHPより
ttps://www.tele.soumu.go.jp/j/sys/media/
あの買収劇で何でこれが働かなかったのか調べて、ライブドアのTOBが2005年に対して、この事件の発覚が2004年11月。西武鉄道の偽装株主問題が大炎上している時の話である。
マスコミ各企業がこれに違反して大炎上していた訳で、この時の保有株の扱いについては総務省も含めて鎮静化に努めていた矢先にこのライブドアである。
あー。そりゃ、マスコミと総務省激おこになるわなぁ……
最近の話は作る際に調べて資料をアマゾンでポチるので、どうしても遅れがちになります。
そんな今回の資料はこちら。
『図解入門業界研究 最新放送業界の動向とカラクリがよーくわかる本』(中野明 秀和システム 2005年)
これ、最新版でなく2005年の初版を中古で買っている。
あの時の空気と未来が知りたかったのがあるが、この時の総務省の放送業界は地上波デジタル放送でてんやわんやだったのを読んで思い出す。
ああなるとはなぁ……




