虚塔の宴 その3
数千億円の札束が舞う富嶽放送入札という宴。
場所がニューヨークという事もあって、何でもありのバーリトゥードの札束の殴り合いだからこそこんな事が発生する。
「やられました。
富嶽テレビが第三者割当増資を発表しました!!」
東京に残っていた私の所に朝一番、一条から急報が届く。
これでも私中学生なのだが、これ授業遅刻確定だろうなぁと嘆きつつスケジュール変更を指示した。
午後からの出席に変更しつつ朝食をとった私は、そのままムーンライトファンドの私のオフィスに直行する。
「え?
富嶽放送の入札真っ只中で第三者割当増資なんてできるの!?」
「お嬢様。富嶽『放送』ではありません。
富嶽『テレビ』の方でございます」
富嶽放送は富嶽テレビや富嶽新聞の親会社的立場であり、富嶽テレビの株式を三割強ほど保持していた。
だからこそ、富嶽放送を買うと割安で富嶽テレビが入手できるというロジックなのだが、その富嶽テレビが第三者割当増資を行うと必然的に富嶽放送の保有株比率が下がる。
この手の業界用語で『クラウンジュエル』と呼ばれる戦術で、王冠の宝石を外す事で価値を下げる、つまり富嶽放送の宝石である富嶽テレビの保有株比率を下げる事で敵対的買収の割が合わないようにする戦術である。
「あー。そう来たかー。
一応聞くけど、第三者割当増資の理由は?」
「『自社コンテンツの強化に伴う設備投資』だそうで。
うちを含めて競売参加企業が一部を除いて一斉に東京地裁に差し止めの請求を出しました」
そりゃ、こんなの認められんだろうという卓袱台返しなのだが、第三者割当増資というワードが私の耳に引っかかった。
第三者割当増資は特定の第三者に新株を割り当てる手法だ。
つまり、この場合の第三者はほぼ間違いなくホワイトナイトとして出て来る訳で。
「一条。
富嶽テレビのホワイトナイトって誰?」
私の確認に一条はわざと間をとってホワイトナイトの名前を告げた。
差し止め請求をしなかった一部だろうなと思っていたので案の定それは的中した。
「ユニオンリソースインベストバンク」
ユニオンリソースグループの投資銀行部門で、その圧倒的なポータルサイトとリンクしたネットバンクが日本で急拡大しつつあった。
なお、このネットバンクは私が絡んだ日銀砲に全賭けして莫大なリターンを得たと噂され、福岡のプロ野球球団を買えたのも、派手にADSLモデムをばら撒いているのもこの収益のおかげと言われてていたり。
「これ、ユニオンリソースの仕掛け?」
「だったら、最初から入札に乗っていませんよ。
多分、東京で富嶽テレビ側が動いたんでしょう」
基本的に、TOBにおいて防衛側は後手後手に回る事が多い。
かといって、何もできずに買収されるというのはない訳で、富嶽テレビ側が残っている四者から一番ましと思われるユニオンリソースを選んで助けを求めたという事なのだろう。
「ちなみに、この第三者割当増資が通るとユニオンリソースインベストバンクが富嶽テレビ株の33%を取得し、富嶽放送の保有株比率が2割弱まで低下します」
ある意味日本的なホワイトナイトで重大決定を拒否できる33.4%を主張していないあたり見事である。とはいえ、こういう裏技みたいな事をするのだから、残り僅かの株を市場で買うのかもしれない。
「一条。私みたいに『知った事か!富嶽テレビも買ったらぁ!!』と富嶽テレビにTOBを仕掛ける場合、二割の保有株ってでかくない?」
「ですね。だから富嶽テレビ側としては、富嶽放送が持つ富嶽テレビの株を誰かに貸すでしょうね」
「貸す!?」
本当になんでもありの状況に驚く私の声に一条は苦笑する。
それは、言われるまで気づかない盲点だった。
「たとえば、何か理由をつけてこの富嶽放送が持つ富嶽テレビ株をユニオンリソースに貸した上に第三者割当増資を行えば、ユニオンリソースが富嶽テレビの株式の過半数を握れるんですよ」
「ありなの!?それ!!!」
「裁判所の判断次第ですが、そういう可能性もあるという事です」
ここに来て法廷もこのTOB合戦においてスポットライトが当たっているのだが、古川通信の時と同じく法判断が追いついておらず、それがニュースとして話題になる始末。
今やこの宴は日米をまたぐ経済ドラマとしてお茶の間を賑わせていたのである。
「ただ、これで次の脱落は決まったわね」
私のため息に電話向こうの一条も無言で肯定した。
こんな裏技でホワイトナイトに名乗り出た以上、ユニオンリソースはこっちの宴に参加する理由も必要もない。
その日の夜のニュースで、入札はある意味決まっていた脱落者と高掴みで割の合わない投資に苦しむ三者という形で報道されたのである。
第三回富嶽放送入札結果 二十一億ドル
1 二十一億三千万ドル
桂華商会&ガーファ・コーポレーション
2 二十一億二千五百万ドル
パラダイス・ワンダーマーケット&帝国電話
3 二十一億二千万ドル
アヴァロン・アトランティック&フェブエッジ
4 二十一億一千万ドル
ユニオンリソース&エウロパネットワーク
この入札でユニオンリソース&エウロパネットワークが脱落し、二十一億三千万ドルから第四回入札が始まる事になる。
ある意味裏技に近いホワイトナイトの登場に、世間の話題は法廷論争に移りつつ、進むも引くもきつくなった三者の動向を固唾を呑んで見守っていた。
まだこの時期子会社なのがあの会社。
なお、独立が2006年。
株を貸す
大体金融機関に長期契約で貸す事でその株の議決権を行使できないようにするという手段。
つまり、金融機関とホワイトナイト側がグルだと……




