虚塔の宴 その2
「そういえば、三位指示したんは何でですのん?」
天満橋のおっさんが居る電話向こうのニューヨークは朝なのだが、地球には時差というものがあって東京は夜である。
自宅とムーンライトファンドの本拠が同じ九段下桂華タワーにあってよかったと思いつつ私は適当に返事を返した。
「ほら。最近競馬を始めたじゃない。
このレース、大逃げで勝てる訳じゃないって思っただけ」
「なるほど。競馬なら中盤で様子見の位置やな。
嬢ちゃんも中々ギャンブルが分かってきたみたいでんな」
おっさんの楽しそうな声とは裏腹に、私はげんなりしていた。
この宴そのものがギャンブルみたいなもので、あげくにこの宴の終点がカジノと来たもんだ。
げんなりはするが、降りたり負けたりすると悔しいのもまた人間である。
「仕方ないじゃない。
金でぶん殴れると思っていたら、法の制約をちらつかせるなんて卑怯だと思わない?」
「許認可制のビジネスには必ずついて回る宿命でんな。
なんなら、嬢ちゃん自身が国を興してこっちが許認可を決める立場になってもええんやで」
このおっさん平気で危ない話を振るのだから腹が据わっているのか、手札を把握しているのか、多分両方だろう。
私が国を興す気がないのを分かっていて冗談として処理するのを望んでいる訳だ。
この電話を聞いている誰かの為に。
「おあいにく様。
私、今以上に忙しくなるつもりはありませんので。
で、その許認可がらみでこっちに圧力がきているけどどうする?」
富嶽放送の競売は色々なしがらみを避けてニューヨークで行われるのに、ビジネスは日本なもので電波行政を司る総務省が日に影に介入を繰り返していた。
うちの国でビジネスをするならと外資系にまでに探りを入れて、欧米外交筋から非公式抗議という事態に発展し外務省が怒るという笑い話になる始末。
「向こうも必死なんでしょうなぁ。
総理を前に本丸を守る為にも出城の電波は仕切りたい所でっしゃろ」
電波行政は旧郵政省管轄であり、省庁再編で総務省になってもそこは旧郵政官僚の拠点だった。
郵政民営化を旗印に諸改革を進める恋住政権と敵対せざるを得ない彼らは、ここで勝利して郵政民営化を進めないように足掻いているのだった。
「その電波行政の筋書きとして勝たせたいのは何処?」
「間違いなくパラダイス・ワンダーマーケットと帝国電話のコンビでんな。
二木物産と淀屋橋商事も裏でつながっとると思うてよろしわ」
オールジャパン再びという訳……ん?
「何でうちに声かからないの?」
「嬢ちゃん。桂華はその最初から大蔵……やないわ、財務閥の企業でっせ」
何言ってんのこの人という声で天満橋のおっさんが私の質問をぶった切る。
今の桂華グループの中心企業は桂華金融ホールディングスであり、それも政府の不良債権処理に乗った所から始まっている。
すさまじき縦割り行政であり、こういうのを味わうと恋住政権の規制改革に賛同したくなるというもの。これで私が敵認定されていなければ万々歳なのだが。
話がそれた。
「で、仕掛けるとしたら何処?」
「タイミングとしてはここでんな。
順調に行けばここで二木物産と欧州SWFが落ちます。
うち含めた残り四社は本腰入れて取りに来とるさかい、二木に高値を指してもろてライバル蹴落とす算段を付けとるでしょうな」
このゲームは一番最初にゴールに飛び込むゲームではない。
一番最後まで残った者が勝者になるサバイバルゲームなのだ。
だからこそ、こういうタイミングで蹴落としが発生する。
もちろん、全権委任しているアンジェラと天満橋も同じ仕掛けを他所にやっているのだろう。
「第二回入札のスタートが十九億五千万ドル。
買収後ののれん代を考えたら、二十億ドルから上になると高掴みになりまんな。
うちみたいに買収後の別の絵図面があらへんかったら、ここから先を出すのはきつうなります」
カジノまで視野に入れた湾岸開発があるから、うちは掛け金をぶち込めるのだ。
まぁ、有り余る銭の無駄遣いでも処理できるのがこの桂華グループというか私の特殊性なのだが。
よそはそうでもなく、株主に説明を求められる金額は撤退ラインでもあるという訳だ。
「じゃあ高掴み行っちゃいましょうか♪」
「……当人を前に言うこっちゃあらしまへんけど、色々口出す総務省の官僚に同情しますわ。
オークションで一番たち悪い奴になってまんがな」
私の指示は高掴み。つまり二十億ドル以上。
聞いている連中は頭を抱えるだろう。
降りるか、上がるかの選択を迫られる訳だ。
「あら?金でぶん殴るってこういうものでしょう?」
「金無うなった時にそれやり返されるのだけは忘れんとってください。
ま、細かな所は、この天満橋に任せとくんなはれ」
電話を切って私はため息をついた。
天満橋のおっちゃんよ。私と同じく、声が楽しくて色々出ているの分かっているんだろうな?
第二回富嶽放送入札結果 十九億五千万ドル
1 二十一億ドル
桂華商会&ガーファ・コーポレーション
2 二十億八千万ドル
パラダイス・ワンダーマーケット&帝国電話
3 二十億七千万ドル
アヴァロン・アトランティック&フェブエッジ
4 二十億五千五百万ドル
ユニオンリソース&エウロパネットワーク
5 二十億五千万ドル
二木物産(日系総合商社)&欧州SWF
この入札で二木物産と欧州系SWFが脱落し、二十一億ドルから第三回入札が始まる事になる。高値掴みのリスクを抱えて残った四者の苛烈な宴は佳境に入ろうとしていた。




