道化余話 九段下桂華タワー攻略ミッション 2025/01/31 投稿
この話は取材をして作りました
九段下駅。
この駅は都営新宿線、半蔵門線、東西線が乗り入れるターミナル駅である。
同時に、複数の企業組織が構築した地下ゆえに、桂華グループが掌握しきれていない脆弱点でもあった。
「九段下桂華タワーの攻略ねぇ……俺たちはいつから映画のテロリストになったんだ?」
「ですよねー」
なんて言うのは九段下駅の掃除夫に化けた近藤俊作と三田守である。
依頼主はもちろん桂華グループで、その桂華グループの頂点である桂華院瑠奈の所に盗聴器つきのゴキブリを飛ばせられるかの再現依頼である。
それぐらいひも付きのCIAやKGBにやらせろよと思ったが、桂華商会の天満橋副社長が鶯谷のインターネットカフェ『ズヴィズダー』にやってきてじきじきの依頼を断るほどの勇気がある訳もなく。
「向こうも探るが、相手の手筋を知ってるのと知らんのではお話が違ってくるのだよ」
なんて飄々とした笑顔で言われてそのCIAとKGBの裏をかけと言っているのだからこのおやじ狸である。
そんな訳で、九段下駅のアルバイト掃除夫に応募して無事に通った二人は九段下駅の掃除をしながら持たされた発信機付きのゴキブリを何処で放つか小声で話す事に。
「しっかし、けっこう構造は分かるものなんですね」
「消防法で館内施設については提出していますからね。愛夜さんがあっさり内部構造を引っ張ってきたのはさすがですよ」
「あれ、このゴキブリでボーナスが変わるって言ったら目の色変わったからな」
ハッカー系の人間を働かせるのは金よりもやる気である。
そういう意味では、愛夜ソフィアも一応はハッカーの人種なのだろう。
この仕事そのものは二人して百万円で前払い。ゴキブリを送り込めた階の数だけ特別ボーナスが出るしくみで、お嬢様の住むプライベートエリアまでゴキブリを送り込めたら一千万円の報酬である。
「そんなことしなくても左うちわでしょうに。あの人」
「覚えておけ。三田。左うちわでも飼い犬と野良犬は違うんだよ」
近藤俊作はかっこいい事を言ったのだろうが、三田守にはあまり響かなかった。
別の言葉を言おうとした近藤俊作は近づくメイドたちにため息をつく。
「おいおい。お嬢ちゃんたち。俺たちはただの掃除夫でこの駅の掃除をしているんだがね」
「へーそーですか。ちなみに私たちの顔を見忘れた訳ではないですよね?
タクシーの運転手がなんで掃除夫なんかを?」
「そりゃあ、不景気だからバイトをね」
イリーナ・ベロソヴァ、グラーシャ・マルシェヴァ、ユーリヤ・モロトヴァの三人のメイドが二人を拘束して身体検査を行うがゴキブリは出ない。
「一応お約束だが、雇用主を通じて抗議するからな」
「もちろん。ですが、絶対に通しませんからね」
天満橋の依頼は当然九段下桂華タワーのセキュリティー部門に伝えられており、三人の接触は試合開始のご挨拶といった所だろう。
この時点でゴキブリを没収されたらゲームセットになったのだが、それをさせないように手を打つあたり、近藤俊作も愛夜ソフィアと同じで反骨心が強い。なんともお似合いだと三田守は思うものの、あえて言う事もなくモップで駅の床の拭き掃除に専念する。
三人が去った後で三田守が近藤俊作に囁く。
「で、どうやって攻めます?」
「こういうのは、映画のお約束よろしくいこうじゃないか」
真面目に掃除をする事しばらく。
12時になってオフィスから一斉に人が出て昼食を取ろうとする。
待ちかねた時間である。
「じゃあ、食事に行きまーす」
そう言って二人は九段下地下のレストラン街へ。
掃除夫の二人の衣装では明らかに浮いているが、金を払えば食事を出してくれるのはありがたい。
「監視カメラで見られてましたね」
「だけじゃないぜ。横見てな」
三田守が横を向くと、昼食に手を付ける事無くこっちを見るさっきのメイド三人娘が。
一応手を振ってみたが、三人は返事を寄越さず無視をした。
「バリバリに警戒されていますね」
「俺でもそうするさ。
という訳で、坊主。後は任せた」
近藤俊作に言われたのを合図に三田守は立ち上がってレストラン街を出る。
追って来ないのを確認して、三田守はそのまま神保町駅へ。
そこのトイレで着替える。
「この手の仕事で一番やりやすい失敗は、連続で同じ事をするに限るんだ。
ソフィアの手引きでお前に似た姿形の男を五人雇って送り込んでいる」
近藤俊作の言葉を思いだす。なお、映画を見ながらなのでノリノリなのは言うまでもない。
で、現実にする段になって頭を抱えるのだが、そこまでの机上の空論はしっかりと働いていた。
「多分奴は人をかなり使っている。
モブをな。トイレに荷物を置く役。警備の目を引く奴。本人の目を欺く囮。
そういうのを組み合わせるのさ」
掃除夫の服を脱ぎ捨ててスーツ姿になった三田守はタクシーを呼んで一万円を渡して行先を告げる。
「適当に回って九段下桂華タワーへ」
昼休みも終わろうかという時間、九段下桂華タワーのエグゼクティブカウンターにタクシーが止まる。
いやまぁ、一泊十万からの宿が経費で落ちるとはいえ、タクシーから出た所でドアマンが頭を下げる世界というのは場違いと思う三田守は緊張しつつ言葉を吐き出す。
「今日、予約していた三田だけど、アーリーチェックインを頼むよ」
一階のエグゼクティブカウンターから直通のエレベーターで20階のラウンジオフィスヘ。
五階吹き抜けのホールに水がたたえられる空間でセレブ達が優雅に昼食やお茶を楽しんでいる。
「三田様ですね。当コンシェルジュの長森香織と申します。
当ホテルのロイヤルスィートルームをご予約いただきありがとうございます。
よろしければ、当ホテルにふさわしいドレスコードをご用意いたしますがいかがでしょうか?」
(エレベーター前に二人、目の前に一人、ラウンジに控えているのが四隅に一人ずつだから四人……無理だな)
「ああ。お願いするよ。何しろこんな所は初めてでね」
ゴキブリを持ってこなくて良かったと三田守は苦笑しつつ長森香織に連れられてスーツや靴を替えさせられた。
午後三時。
ラウンジでおちつかないコーヒーを飲んでいた三田守の前に声がかけられる。
「隣よろしいかしら?」
「どうぞ」
三田守に声をかけたのは北都千春で、その姿はこの場になじむ有閑マダムにしか見えない。
何かを察した北都千春は三田守に微笑みながら尋ねる。
「で、私をだしに使って、どんな事をしたのかしら?」
「そこそこ悪い事を」
なれたというよりも、北都千春にいい所を見せようと三田守は虚勢を張って笑う。
ここで、ごきぶりを放てばそれ相応のボーナスが得られるのだが、当然三田守も北都千春も持っていない。
北都千春は前に三田守から預かった小型発信機をテーブルに置く。
ドレスコードも完璧でセレブ層にも名が通った北都千春に対して着替えというボティチェックはできなかったのだ。
問題は発信機であってごきぶりではない。
その発信機をここまで持ってこれた事はセキュリティー的にそれ相応の懸念として桂華グループセキュリティー陣に伝えられるだろう。
もちろん報酬をけちるような桂華グループではない。
「あらあら。聞かせて頂戴。その悪い事を」
「俺は下っ端なんで、全部近藤さんと愛夜さんの考えなんですけどね。
ここまで道化として振舞って本命はという奴です」
三田守は立ちあがって北都千春に手を差し出す。
その手を北都千春は受け取って立ち上がった。
「続きは、部屋でどうでしょう?」
「いいわよ。今度は経費で落ちないお金で私を誘って頂戴」
「……努力します」
なお、ボーナスの一千万はものの見事に神奈水樹が搔っ攫っていった。
ネットカフェであーだーこーだと考えていた近藤俊作と愛夜ソフィアと三田守の三人の目を盗んで一つちょろまかした発信機を、桂華院瑠奈当人に学校で渡したのだ。
「今日一日これ持っていると私に幸運が訪れるのよ」
「なにそれ。けど、貴方のアドバイスだから持っていましょうか」
知らぬ当人から発信機が見つかって警備関係者は頭を抱えたとか。
セキュリティーは常に人が脆弱点となるというお話。
取材先
ザ・ラウンジ by アマン
https://www.aman.com/ja-jp/hotels/aman-tokyo/dining/lounge-aman
予約して案内してくれた友人たちに感謝を。
7000円のランチはおいしゅうございましたが、その後の地下で飲んだカフェオレの方が好きだと思う私は貧乏性。




