道化遊戯 タクシー探偵 Gのドライバーシート
道化遊戯を書いてよかったと思ったことの一つは、お嬢様を出さずに周囲で物語を語れる事だと思ったり。
「すまないけど、適当に、そうだな。一・二時間ほどふらついて東京駅に」
「はいよ。
仕事でご指名ですから文句は言いませんけど。
首都高適当に回りますよ」
げんなりとした顔で近藤俊作はタクシーを走らせる。
ご指名だからお断りできない上に、そのご指名者が岡崎祐一なのだから。
桂華グループの中枢であるムーンライトファンド統括の岡崎の隣に彼よりおっさんである中年を連れて近藤俊作のタクシーは走る。
「で、わざわざご指名までして首都高ドライブで終わるとも思えないんですが。
何を企んでおられる訳で?」
「別に企んでいる訳じゃないよ。
ちょっとした事件があって、頭を悩ませていてね。
で、探偵なんてやっている君を思いついたという訳だ」
ゴールデンウイークの首都高は今日も混んでいた。
春の日差しの東京の街を男三人で走るにはもったいないぐらいの天気である。
「いいですねぇ。探偵。
憧れていましたよ。
事件を解決なんて探偵の一世一代の見せ場じゃないですか」
バックミラーに映る近藤俊作の顔は言葉とは裏腹にとても苦々しいものだった。
理想と現実が違うのはよくある事で、世界の裏側で起こっていた大事件に絡んだ彼は新婚という事もあって事件を避けようとしていたのである。
「まぁ、迷惑はかけないよ。
少なくとも、君たちの下っ端でいたいという気持ちは尊重するよ。桂華は」
「桂華以外は?」
「それはそれぞれの国に聞いてくれ。
超大国には超大国の理があるんだよ。
君たちへの正規報酬の捻出も大変なんだから」
「もう十分もらったんですが、受け取り拒否はできないんでしょうなあ」
「連結会計が厄介でね。
お嬢様があれに抵抗したのはこれだったかと納得したよ」
近藤俊作のぼやきにバックミラー越しに岡崎が苦笑する。
経費の時点で元は取れているのだが、正規報酬の捻出に苦労しているのは、この連結会計で突っ込まれない為に四苦八苦していたからに他ならない。
裏金で片づければと思ったが、連結会計というのはその裏金を出させないように作られている。
有り余る金を褒賞として支払いたいが、『無かった事件』に支払いなんてできる訳もなく。
無理な支払いは当然気づく人間が出る訳で、そこから『無かった事件』を探られたら本末転倒である。
偽装依頼を始めとしたあの手この手で岡崎が支払いを模索していたのを、運転している近藤俊作は知らない。
「つかぬ事を聞きますが、エヴァさんでしたっけ?
彼女が持ってきた札束は?」
「あれ、うちの金じゃなくて、カンパニーのお金。
税理士手配するから、来年の確定申告うまくやってくれ」
この時点であの事件に桂華の金だけでなく米国の諜報費が流れ込んでいたと察するのだが、近藤俊作は突っ込むのを止めた。
なお、その金はイラクで破壊されたM1戦車の修理費用から捻出されているのだが、そういう事を近藤俊作が知る訳もなく。
岡崎の隣の中年が口を開いた。
「岡崎君。君も知っていると思うが、桂華はお嬢様の個人商店だ。
これを組織として維持発展させるためには人材の確保が大事で、人材の確保は論功行賞が肝になる。
私としては、『桂華は外部協力者にもこれだけの待遇を示した』という事を内外に告知したいのだよ」
口調から察するに岡崎より上の人間らしい。
ハンドルを握りながら、近藤俊作は桂華グループの要人リストを思い出す。
こういう時に『あんた誰?』と口にして己の価値を落とす間抜けではない。
「たしか、桂華商会の天満橋副社長でしたっけ?
お偉いさんなんですから、自前の送迎を使えばいいじゃないですか?」
「まぁ、岡崎くんが悩ませている探偵さんを一目見て置こうと思ってね。
せっかくだから、探偵さんに謎を解いてもらおうかな?
できたら、岡崎君の厄介事は私の方で何とかしよう」
つまりこのタクシー利用はそういう事なのだろう。
近藤俊作は実にわかりやすくため息をついた。
「今の私はしがないタクシー運転手で十分ですよ。
探偵稼業はしばらくお休みして新婚をエンジョイしたい所なんですけどねぇ」
「とはいえ、今から話す謎はなかなか面白くてね。
ゴキブリだ」
この手の話の間の取り方は海千山千な天満橋の方が上手い。
知っている岡崎もすっと視線が天満橋の方に向いたのをバックミラー越しに近藤俊作は確認した。
「ゴキブリですか。
それこそ、探偵よりも殺虫剤の出番じゃないですか」
「まったくその通りなんだが、そのゴキブリの体内に盗聴器が仕掛けられていたとすれば話は別になる」
バックミラー越しの天満橋の笑みで、自分が探偵の顔になってしまった失態を近藤俊作は悟る。
走っている首都高は謎を解く程度には渋滞していた。
「それは、カンパニーにお任せでいいのでは?」
「その通りだが、まったく分からずに任せるのと知ってて任せるのは、交渉事では天と地ほどに違うだろう?
渋滞の暇つぶし程度に聞いてもらいたい。
ゴキブリから盗聴器が出たが、盗聴していた連中の捕縛にそのカンパニーたちが失敗してね。
中々の謎だろう?」
近藤俊作は探偵でもある。
つまり、盗聴器を始めとしたその手の機械については、知識を持っていた訳で。
「一つだけお聞きします。
無線の中継機ありました?」
「なかった。それは断言するよ」
横で聞いていた岡崎が口を挟む。
この時点でムーンライトファンドかお嬢様の周囲に盗聴器が仕掛けられたとバラしているようなものなのだが、だからこそ近藤俊作はあっさりと答えを口にした。
「じゃあ、簡単です。
それ、手段じゃなくて目的なんですよ」
数日前に終わった新宿ジオフロント記念式典を思い出して、近藤俊作は答えを口にする。
彼の相手だった振付師の捜索は既に打ち切られていた。
「たとえばです。
桂華の大事な所に盗聴器が仕掛けられて大騒ぎ。
今の状況こそ、犯人の望んでいたものだとしたらどうです?」
もちろん大騒ぎになって、桂華の保有戦力は新宿から引き離される。
実際に、木更津方舟の偽札事件で桂華の戦力である北樺警備保障の部隊は新宿から引き離された。
振付師の望み通りに。
あの新宿ジオフロントでテロが起こらなかったのは、神奈水樹と三田守という二人の盤外の駒が居た事に振付師が気づかなかった。
ただそれだけの薄氷の差が日常と非日常を分けたのだ。
多分これは、そういう複数の計画の残滓なのだろう。
「発想が違うんですよ。
カンパニーはその立場から、情報が取られるもしくは取られた事を前提に捜査せざるを得ません。
俺の答えは『相手にしてやられました。ごめんなさい』な訳で。
上に報告できます?それ?」
「まぁ、普通は無理だな」
近藤俊作の苦笑に岡崎は笑うが天満橋は笑わない。
それが二人の立場の違いをまざまざと見せつけていた。
「探偵さんの話をベースにして対策は?」
「情報のコントロールをこちらでするしかないでしょう。
米露は望んでいるみたいですが、お嬢様に大統領並みの警護と費用をつけるのをお嬢様は嫌がりますし、隠されたら隠されるほど見たくなるのが人の常です。
出せる所は出して、隠す所は隠す。
それに都合の良い出物もちょうどありますしね」
「富嶽放送か。
あれ買ったら押し付けられるのうちだよなぁ……」
「そこは副社長がうまくやっていただくという事で……」
(そーいうやばい話を聞かせるって事は合格なんだろうなぁ……)
岡崎と天満橋の話を耳にしながら近藤俊作は首都高を降りる。
東京駅八重洲口にタクシーは止まった。
「はい。つきましたよ」
「ありがとう。
お代は期待しておいてくれ」
「メーターの分だけで十分ですよ。俺は」
安楽椅子探偵ものだが、タクシーなのでドライバーシート。
外顔なので天満橋のおっさんは大阪なまりの標準語。
M1戦車の修理
メーカーによる生産は終了しており、米軍は破損した車両をリサイクルして部隊に復帰させている。
これを知って『あ。これ色々キックバックできる』と思ってしまった私。




