ペイバックタイム その1
平穏無事にイベントが終わった事で後片付けの時間となる。
今までの仕掛けが放置されているので、よりどりみどりの食べ放題なのだが……
「帝興エアラインは見送りましょう」
私の結論に異議を唱える人間は居なかった。
なんでこんな結論になったかと言うと、順を追って話す必要がある。
まずは帝興エアラインの巨額負債がある。
その額三兆円。
さすがに負債丸抱えで救済すると、桂華金融ホールディングス上場益の半分近くがぶっ飛ぶ事になる。
それでも半分残るのかというべきか。我ながら集めた富の大きさに苦笑するしかない。
「橘会長が全面的に押さえるならまだなんとかなると思いますが、政府がそれを望むとは思えません」
三木原和昭桂華鉄道社長が断言する。
帝興エアラインを吸収した場合、必然的に押し付けるのが桂華鉄道になるので、彼の意向は無視できないという訳で。
「帝興エアラインは元国策企業で救済にはいやでも政府が絡みます。
色々整理するでしょうがその規模は大きく、桂華鉄道という小が大を食べる形になります。
絶対に揉めますし、鉄道部門を始めとするこちら側にも手を出してきますよ」
ありそうなのが困る。
桂華グループは、こういう時に制御できる人材が圧倒的に足りない。
頭を押さえても、その下の手足が動かないだけならまだしも好き勝手しかねないのだ。
三木原社長の隣に居た橘が苦笑する。
「帝興エアラインは、旧北日本軍空軍軍人の天下り先でした。
マネーロンダリング事件の関与と合わせて、政府は徹底的に膿出しをするつもりなのでしょう。
私やお嬢様が関与した場合、祭り上げられる可能性があります」
起こらなかったテロへの報復はこの国でも発生していた。
17中期防において恋住政権が『対テロ即応部隊の創設』を発表する傍らで、樺太と北海道の二個師団を旅団にする事が閣議決定。
この二つの師団は旧北日本軍の師団である事から、はやくも関係者の間からは『帝興エアライン救済の代償』と噂される始末。
樺太銀行マネーロンダリング事件から火が着きっぱなしの樺太華族特権問題も世論の容赦ない攻撃に晒されており、枢密院改革が政治の議題に上って久しいが今の恋住政権はその民意を盾に押し通しを狙い、枢密院はそれに対抗できないとみられていた。
下手に手をだして恋住総理の目をひく必要もない。
「とはいえ、助け舟は出すべきでっしゃろ。
航空機部品の調達はうちの子会社が絡んどるさかい、その線で支援とかをやりましょか」
天満橋満桂華商会副社長の声はのんびりしたものだ。
というか、さすが総合商社。絡んでいたとは知らなかった。
「ウェット・リースを利用して帝興エアラインの飛行機をパイロットや整備や保険込みで何機か引き取りましょ。
それをAIRHOに渡して、新規路線を開けば文句は言われまへんで」
おっさんのにやけ顔から察する。
大体私に報告する前に、事前に調整したな。こいつら。
「それは構わないけど、何処の路線を開けるのよ?」
今のAIRHOは千歳と成田をベースにしているけど、そこから儲けがでる路線となると何処だと首をひねる私におっさんはその航路を告げた。
「成田-豊原、千歳-豊原、成田-関空、関空-豊原ですな」
日本地図を広げてそれぞれの空港に直線を引く。
LCCの旗は降ろすつもりはないので、大都市交通を狙うのはある意味わかりやすいのだろう。
ただ……
「AIRHO赤字なのに、拡大させるの?」
2001年の同時多発テロから航空需要はまだ回復していなかった。
航空自由化で欧米の航空業界が競争に晒されたところへのテロで航空会社が次々に破綻。
日米欧にまたがる航空会社を作ろうと思えば作れなくもないのだが、じゃあ作るかと言った所で燃料である石油価格が上昇基調の中で黒字化できるかというと怪しいのがこの時期の航空業界である。
「それができるのが株式公開していない桂華鉄道です。
AIRHOの赤字は中の黒字で相殺できれば問題ありません」
株主は私一人だからこそ、橘は私に書類を渡す。
帝興エアライン救済の本命はこっちである。
「帝興ホテルズ。
帝興エアラインの最も有望な子会社です。
これを買収して桂華ホテルとくっつけます」
まぁ、ホテルなら……え?
書類を眺めつつ数字を確認する。
思わず口に出す。
「これ、トータルで見たら赤字じゃないの!?」
「親方日の丸の放漫経営で黒字が出るならこういう事態に陥ってないでしょうに。
それよりもここを見てほしいですな」
天満橋のおっさんの突っ込みも容赦ないが、おっさんが示したリストのホテルが私の目を引いた。
帝興ホテルズ東京台場。
あーそうか。
ここも湾岸に繋がるのかー。
すべてを納得した私はあきらめ顔で確認する。
「で、もろもろ込みでおいくら?」
「ホテルがらみの負債と機材のウェット・リースで一千億円」
「ああ。すっごく安く感じる私が居るわ……」
もはや投げやり気味に私はその書類にサインとハンコを押した。
そして、冒頭のセリフである。
ウェット・リース
航空機のリースで航空機、乗員、メンテナンス、保険をセットに貸す事。
飛行機のみの場合はドライ・リースと呼ばれる。
リースのメリットは飛行機購入などの高額機材は立ち上げ時の費用がどうしても高くなるのに対して、均一に借りる形のリースは初期投資を抑えられるというメリットがある。
台場のホテル
これ、都市博の中止が色々影響を与えている。
都市博中止の損失は六百十億円だが、この手の間接的影響を考慮していないぽいんだよなぁ。
都市博を実行してあそこで一千億円近い真水の金が入れば、土地バブル崩壊の寿命が延び、都心の土地担保の不良債権化が遅れてというITバブルに繋げられたというIFも面白そうだなと思ったり。
なお、このバブル乗り換えで膨れに膨れて苦しんでいるのが某お隣の大陸の国である。




