新宿ジオフロント完成式典 その2
テーマ お嬢様とディストピア飯
新宿ジオフロントというのは、複数の工事を集約させた地下都市計画の事である。
まずは桂華鉄道が金を出した新宿新幹線地下ホーム工事。
次に、その工事と並行して行われる大深度地下施設建設工事。
更に、新宿地下にある地下街および地下道をできるかぎりまとめる地下街地下道整備工事の三つが主な工事となり、それに付随する形で首都高中央環状線の工事も行われている。
この新宿ジオフロントの街開きは、第一期工事となる地下街地下道整備工事と大深度地下施設建設工事の終了に伴って行われる事になっていた。
「へぇ。
地下の王国のお姫様って訳だ」
パシャリと写真家の石川先生がへらへらしながら写真を撮る。
ここは、その新宿ジオフロントの地下五階にある桂華グループが借り切った区画の会議室。
元々は北樺警備保障の待機宿泊施設だったのだが、この日に合わせて一区画丸ごと借り受けたとか。
ここだけは、警官よりも北樺警備保障の警備員が多く警備している。
で、この場所にて石川先生と一条絵梨花と時任亜紀さんのお人形になってはや二時間、結果として深緑のドレスとなったのは、この近未来的な閉塞に対しての写真家の答えだとかなんとか。
「けど、窓がないとこうも息苦しいものかしらね」
「その為に、観葉植物が置かれているんですよ。
あと、こういう場所の絵が窓からの風景になっていたり」
石川先生の呟きに秘書の亜紀さんが説明する横で、私が観葉植物の葉を触るとプラスチックの肌触りがした。
もちろん、これだけの大規模地下都市なので本物の植物育成も行われるが、地下での植物育成が大変であるという一例である。
「ちなみに、ここは樺太の豊原地下都市をモデルにしたので、そこの名物として配給食なるものをご用意しました」
メイドの一条絵梨花がトレーを私の目の前に置く。
式典はお昼からなので軽くおなかに入れておこうと頼んだのだが、出てきたものを見て、石川先生の方を見て、石川先生と共に無言で一条絵梨花に説明を求めると、一条絵梨花はメモをとりだして説明する。
「向こうの配給食だそうです。
最低限の栄養が取れるように当時の宇宙食を参考にしたとか。
もちろん、こちらで出す際に材料と調理方法はお嬢様向けにアレンジさせていただいています」
いやそうじゃない。私と石川先生の無言の突っ込みに一条絵梨花が気づく訳もなく、彼女は料理の説明をする。
「こっちのスープはコーンポタージュスープ。
これはコンビーフで、これはショートブレッドブロック。
この白いのがデザートのヨーグルト。
足りないビタミンなどはこっちの錠剤で補充する事になります。
飲み物はこちらの紙パックのグレープジュースとなっています。
使い捨てのスプーンはこちらに」
うわぁ。
そんな顔をしても一条絵梨花はメモを見て説明を続ける。
ここで終わらず、ちゃんと背景や時代まで調べているあたりまわりの教育のたまものだろう。
「ただ、この食事も末期には食べられない層が居たみたいですね。
旧北日本政府崩壊前に出た餓死・凍死者の数はいまだ正確な所がわからず。
都内ホームレス対策にこれを導入しようかと都庁が考えている一品でもあります」
「これを!?」
信じられない声で石川先生が叫ぶが、一条絵梨花もメモを見ながらだからその顔は険しい。
貧困というものの一面でもあるのだ。
「この食事、トレーに直に盛り付けられているじゃないですか?
食器を洗わなくていい、もしくは食器を持たない・持てない層への配給として効率的なんです。
都内の再開発が進もうとしている今、それは住宅価格の上昇に繋がり、樺太からのホームレス問題の解決の一端になればという事で。
この食事、これで一食当たり200円を切るみたいで」
「何でこれを名物にしたのかしら?」
亜紀さんがスプーンで自分の所に置かれたトレーをツンツンつつく。
一条絵梨花は少しだけわかるような顔をしてその理由を告げた。
「彼らにはこれが故郷の味だからなんでしょうね。
時々思い出して食べたくなる。
食べて、今と昔の自分を比較するんですよ」
故郷とは遠くにありて思うもの。
その思いをはせつつ食べる食事は、懐かしく苦いという所だろうか。
「そういえば、絵梨花さんって山形出身だったわよね?」
「ええ。お嬢様も何度か足を運んでいただいている酒田出身です。
ハタハタ鍋も芋煮会もバッチ来いですよ!」
どんと胸を張る一条絵梨花はひとまずほうっておくとして、目の前のこれどうしてくれようか?
見た目と言うのがここまで食欲に影響するとは……この人工的な閉鎖空間も影響しているのだろう。
スプーンでスープをすくって一口。
「あ。美味しい」
「だから言ったじゃないですか。
材料と調理方法はお嬢様向けにアレンジさせていただいていますって」
私が口をつけてから、一条絵梨花や亜紀さんも料理に手をつける。
石川先生は私たちの食事をしっかり写真を撮っていた。
「けど、こういう街をさらに作ろうとしている訳だけど、大丈夫なの?」
石川先生が言っているのは、この新宿ジオフロントによって花開いた地下都市計画の事で、新宿新幹線がらみで池袋や新常磐鉄道がらみで秋葉原、他にも大阪や京都や名古屋などで計画が持ち上がっていた。
亜紀さんがため息をついて返事をした。
「大丈夫じゃないですけど、ここの住宅価格、ワンルーム月三万円ですよ。
それがあっという間に埋まる住宅不足が背景にある以上、どうにもなりません」
なお、都市再開発の流れで建設が始まりつつあるのがタワーマンションである。
そこそこの資産持ちがこのタワーマンションに流れ、地下生活を余儀なくされる人たちとの差別化が始まるのではないかとも思ったが、現実に解決できる案も土地もないので、私は苦々しく紙パックのグレープジュースを口にした。
ディストピア飯小説賞なるものがあるそうで、応援しております。
ディストピア飯小説賞|集英社Webマガジンコバルト https://cobalt.shueisha.co.jp/contents/dystopian-rice_award/
なお、ディストピア飯の大百科がこちら。
ディストピア飯 とは【ピクシブ百科事典】https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2%E9%A3%AF
盛り付け
実体験である。
美味しいお高い料理も、盛り付けなしだとああなるのかと先週の湯治旅で学んだ。
一条絵梨花が山形県酒田市生まれという設定を作ったので、芋煮会少女兼ハタハタ鍋少女という属性がついた。
……コロナ落ち着いてきたから一度食べに行きたいな……
ワンルームマンションの話
ベルリンではこんな事が起こっていた……
ベルリンで住民投票可決:大手不動産の独占と家賃高騰にNO。住宅の収用と社会化にYES!|World Voice
https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/kishimoto/2021/10/yes.php?t=1




