あるお嬢様の放課後
この物語では主人公だけど今の話では完全に蚊帳の外であるお嬢様の視点
授業が終わって私はトイレに足を向ける。
いやまあトイレに用があるのではなく、そこが休憩室やらなにやらを備えたプレハブ建物だから、用事もなく休むならば都合がよいというのもある。ベッドもあるし。誰かが使っていない事前提だが。
「ふぁ…帰る前に軽く横になるか。
30分経ったら起こしてちょうだい」
そんな感じで30分経過して橘由香に起こされると、彼女の顔がとても険しいのに気づく。
それで察するのはそれ相応に付き合いが長くなったのと同時に、厄介事に突っ込み続けた結果ともいう。
「何かあった?」
「お嬢様を狙うテロの情報が劉鈴音よりもたらされました。
現在、警察がテロリストの確保に向けて動いております。
お嬢様は、白金の桂華院家本家か、田園調布のお屋敷に避難して頂けたらと」
まず先にでできた感想は『やっぱりなー』である。
狙われる事もしてきたし、狙われる動きもしていただけに納得しかない。
「仕方ないわね。
本家は巻き込みたくないから、田園調布の屋敷に避難しましょうか」
「かしこまりました。
安全を確保する為にもう少しここに留まって頂けると助かります」
窓の外をちらりと眺めると。
側近連中がトイレの周囲に散って警戒している。
その外周に見える形でうちの警備員が立っているからガチなんだろうな。
「で、何処のテロリスト?」
「いえ……テロリストではなくて……ヤクザと言うか…チンピラと言うか……鉄砲玉というか……」
劉鈴音から聞いた橘由香の説明に頭を抱える私。
そりゃ、数兆円のマネーゲームで殴り合いをしているし、国家間のグレートゲームに顔を見せている身だから文句を言える訳もないが、愚痴ぐらいは言っていいだろう。
「これ、完全に私無関係じゃない!?」
「まったくその通りなのですが、馬鹿はそもそも話を聞きません」
橘由香の突っ込みにぐうの音も出ない私。
そして、田園調布の屋敷に戻ると、九段下周辺はカオスと化していた。
『……ご覧ください!
インターネットに書かれた一億円を探しに九段下周辺は仮面をつけた人たちで大混乱です!!
既に周辺で数万円の拾得物情報が報告されており、警察及び周辺警備会社が誘導を試みていますが、夕方のラッシュと重なってまったく改善されていません!!
警視庁はこの混乱を収拾する為に機動隊の投入を決定……』
一億円?
そのテレビの光景に首をかしげる私。
おやつのプリンを持ってきた橘由香がため息とともにテーブルに置いた。
「馬鹿の仕業と言われていますが、馬鹿がそこまで知恵が回るとも思えず、馬鹿の裏に誰かいる可能性があります」
納得する私。少なくともこっちに情報が流れる程度には連携が取れているらしい。
九段下に居るだろうエヴァやアニーシャの苦り切った顔が目に浮かんで私は苦笑した。
「今回は北海道に逃げないの?」
「下手に動けないんですよ」
北樺警備保障制服姿で入ってきたのは北雲涼子さん。
屋敷の周囲を護衛メイド小隊で警備していて、休憩ついでに顔を出したらしい。
なお、警察も屋敷の周囲にパトカーをつけて警戒させている。
「九段下があのざまなので、馬鹿を操っている誰かに移動中を襲われるのが一番嫌なんですよ」
「北海道から部隊を持ってきているのに?」
先の桂華金融ホールディングス上場式典と新宿ジオフロント完成式典の為に、北海道から一個大隊の精鋭を東京に持ってきていたはずである。
これに九段下桂華タワー周辺に常駐させている中隊規模の戦力と合わせればと考えた私の事を見抜いた北雲涼子さんが地図を広げて状況を説明する。
「当たり前ですが、お嬢様の御身が大事とはいえ、そのために他の警備を放棄したら信用が失墜します。
そして、警備員にも休養と休息が必要なので、戦力の全てを投入するのは難しいです」
中隊が大体200人。大隊が大体1000人である。
現状緊急事態という事で招集をかけても、実際に動ける戦力は半分の600人という所か。
そんな事を考えていると、地図のある点に気づく。
「あれ?
動ける戦力って、湾岸の仮拠点に集中していない?」
「そうなんですよ。
おまけに夕方のラッシュが始まって、私たちも九段下から電車でこっちに来たんですよ」
「うーわー」
頭を抱える私。
投入できる予備兵力が戦場から離れている欠点がこういう所で出る。
なお、この田園調布の屋敷は帝都学習館学園在学時の警備の後方拠点の一つとなっていたから、北雲涼子さんが率いる護衛メイド小隊は仕事帰りのOLを装って電車でこっちにやってきた訳で。
その分減った九段下には湾岸仮拠点から同じく地下鉄で仕事帰りのビジネスマン風を装った警備員を中隊分送って、それぞれ到着地で着替えて警備についている。
「まだ馬鹿の裏に何かある以上、予備戦力の投入は避けたいのです」
予備戦力は、ギャンブル中の財布の中身と言い換えてもいいだろう。
財布が空っぽになったらギャンブルはおしまいだからこそ、この予備戦力をできる人は大事にする。
そんな事を考えていたら、前の避難訓練と違う点を思い出す。
「あれ?
ヘリで送り込むって案はダメなの?」
「……警視庁上層部から『あまり大事にしないでくれ』という要請がありまして」
「あー。うん。
言いたくなるのも分かるわ」
テレビにこれ以上の絵を与えて政府批判なんてされたくないのだろう。
ただでさえ、うちの警備は過剰気味で目立つから、華族解体あたりでメディアや野党が騒いだら民意という形で恋住政権が乗らざるを得ない流れになりかねない。
「お嬢様。麴町警察署の小野副署長よりお電話です」
そんなやり取りをしていたら橘由香から受話器を渡される。
九段下交番からの付き合いで、『お嬢様係』の貧乏くじ兼私にとっての数少ない警察内部の味方はいきなりこんな事を言ってきた。
「お嬢様テレビ見ているか?」
「何で私のビルの前でこんなパーティーが行われているのかしら?」
「そいつを止めたい。
で、それには一億円が必要と俺に策を授けてくれた奴が言ってきた」
受話器を持ったままポンと手を叩く私。
彼らの狙いがありもしない一億円ならば、その一億円が見つかったら必然的に解散する流れになる。
「それ、警察上層部の案じゃないでしょう?」
「その通りだ。ばれたら俺が腹を切る」
「切らせてたまりますか。それぐらいのはした金は私のポケットマネーからポンと出してあげますわ。
その代わり、馬鹿へのお仕置きにきっちりと捕まえてくださいませ」
「わかった。九段下交番の夏目に活をいれておく」
電話を切って、今度は九段下に居るだろうエヴァの所に電話をかける。
最初の声から、すっごく機嫌が悪いのが丸わかりである。
「もしもし……お嬢様!?
失礼しました!」
「いいわよ。大変なの理解しているし。
今、麴町警察署の小野副署長から電話をもらって、『一億見つけさせて群衆を解散させる』って案を受けたわ。うちは一億をポンと出せないほどケチではありません。
九段下桂華タワーのムーンライトファンドの金庫を使っていいから一億ばら撒いちゃいなさい」
「ちょっと待ってください。お嬢様。
あそこの札は日銀で梱包されたままの新札なので色々とまずいです。
桂華銀行九段下支店の金庫にある使用済みの奴をかき集めてカバンに詰めさせた方が……」
横から口を出した北雲涼子に受話器を渡して、私はおかれたままのプリンを口に入れた。
なお、頭の中身は内緒にしておかねばなるまい。
(今のやり取り……なんだか悪役令嬢ぽくって楽しかったわね……)




