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現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
虚塔の宴

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教授と館長 >> 生徒と司書

今年8月高松で開かれるSF大会に一般参加者として参加予定です。

という訳で、SF話。

「珍しいですね。このような場所であなたに会えるなんて」


 帝都学習館学園中央図書館館長高宮晴香は、書架にて本を取っていた神戸総司に声をかける。

 TVをつけたら映らない日はないと言われるコメンテーターの彼の本業は大学教授であり、最近は最年少の神戸ゼミ生である桂華院瑠奈の為にわざわざこちらまで来て講義を行っていた。


「そういえばここは貴方の城でしたね。高宮館長。

 お変わりはなさそうでなによりです」


「まだ覚えている人がいる内は、私は頑張りますよ」


 高宮晴香は神戸総司が手に取っていた本のタイトルを読む。

 今をときめくコメンテーターが手に持つ本としては少し意外だったからだ。


「『たったひとつの冴えたやりかた』ジェイムズ・ティプトリー・Jr。早川文庫ですか。

 少し意外ですね。貴方がSF好きだなんて?」


「まぁ、SFが好きかどうかは置いておいて、この本には少し思い出がありましてね。

 あるかなと思って探したらこうして見つかったと」


 懐かしそうに本の表紙を眺める。

 高宮晴香はそんな神戸総司の表情を見て同じように微笑む。


「今をときめく神戸教授がどのような思い出をこの本に持っていらっしゃるのか興味がありますわ」


「昭和文壇の生き字引に語れるほどの物語ではありませんが、よろしければコーヒー片手にいかがです?」


「ええ。喜んで」


 高宮晴香はこういう物語も好きである。

 本によって変わった人生という物語も。




 カフェテリアの窓側の席に座る。

 神戸総司はブラック、高宮晴香はカフェラテ。

 二人の大人は少しばかり、先生と生徒に戻る。


「相変わらず神戸くんはブラックなのね」

「男は黙ってなんて恰好つけていましたが、あの時砂糖とミルクをケチっていただけなんですよ。高宮先生。

 で、砂糖もミルクも困らない大人になった時にはすっかり舌がその味を覚えていたと」


 煙草を取り出そうとした手を神戸総司は戻す。

 健康増進法が2003年に施行されて、喫煙に他の人が少しずつ良い顔をしなくなりつつあるご時世である。

 TVという流行の最先端で生きる人間は、こういう時にその生き残る理由をさらりと示す。


「で、神戸くんの物語を聞かせて頂戴」

「若返っていますよ。高宮先生。

 まあ、学生時代の馬鹿話ですよ。読んでいた友人に押し付けられましてね。

 この金髪の少女の物語という訳なんですが、読んでみたらまぁ……

 いやまぁ、タイトル通りだし、この表紙の少女の物語だしと分かっていましたけどね」

「ああ。あの物語ラストがあれなのよねぇ……」


 神戸総司のTVで磨かれた話術に高宮晴香が楽しそうにクスクス笑う。

 少なくともこの瞬間は大学教授と図書館館長ではなく、昔の学生と図書館司書に戻っていた。

 なお、その図書館司書はその時から図書館館長だったのだが、それを言うのは野暮というものだろう。


「で、友人の所に本を持って怒鳴り込んだら、とてもいい笑顔で一言『な。誰かに貸したくなるだろう?』。

 そのまま朝まで大喧嘩という名目で馬鹿話に花が咲き……」

「いいわね。そういう記憶って大人になるほど残ってゆくのよね。

 何度私も先生たちの酒盛りと修羅場に巻き込まれたか」

「高宮先生の場合、続きが早く読みたいからって自ら志願したって聞きましたけど?

 あげくに校正名目で原稿を借りて編集が高宮先生の所に原稿を取りに来たじゃないですか」

「昔の話よ。昔の話。

 今はそれをする体力はないわよ」

「あったらしていますよね。今も」


 神戸総司のツッコミを高宮晴香は笑顔ではね返す。

 そして、彼女は彼がその本を手に取った意味を悟った。


「なるほど。その本を桂華院さんに貸すつもりなのね?」

「ええ。こういういたずらも大人の特権ですよ。

 彼女はあまりに速く大人になろうとしている。

 せめて子供の内に、学生の内に、そういう『悪い事』を教えるのも大人のつとめでしょう?」


 ブラックコーヒーを飲みながら神戸総司は苦笑する。

 高宮晴香の顔には笑顔の色に憂いが混じっていた。


「そうね。あの子はあのまま走ったら無慈悲な夜の女王様になってしまうかもね」

「ハインラインですか?」

「作者の名前がさらりと出てくるあたり、結構読んでいるのね?神戸くん」

「あの図書館の本全てを読んでいる高宮館長にそれを言われると皮肉にしか聞こえませんよ」


 神戸総司は学生から大学教授に戻る。

 その言葉の顔には明確な意思が宿っていた。


「高宮館長。私はね、彼女にはもっと広い視野を持ってほしいんですよ。

 『たった一つの冴えたやり方』なんてものではなく、多くの知恵を、多くの人を使って最良の選択を選んでほしいんです」


「神戸教授。あなたのその善意は何から来ているのかしら?

 TVのコメンテーターとして名声を得て、富もコーヒーに砂糖とミルクを入れるのに困らない程度には得たでしょうに。

 貴方の桂華院さんへの思いは彼女が研究対象だった天才だからかしら?

 それとも、彼女を利用して更なる地位や名誉や富を狙っているのかしら?」


 高宮晴香の言葉には警戒の響きがあった。

 神戸総司自身には今年夏に行われる参議院議員選挙において、野党側から立候補の誘いが来ていたのがニュースになっていたからである。


「決まっているじゃないですか。

 自分たちができないことを押し付けるのが『大人』ですよ」


 神戸総司の笑顔に高宮晴香はたまらず笑いだす。

 彼女も長く人と本を見てきた人間だ。彼の言葉に嘘はないと分かったからだ。


「あははははは……神戸くん。ちゃんと先生やっているのね。私、安心したわ」

「当たり前です。高宮先生。私は貴方を見ていたのですからね。

 私の知る最も素晴らしい先生の真似事です。三流役者でも効果はあるでしょうよ」




 数日後。


「すいませーん!

 本を探しているんですけどー」


 神戸教授の授業を受けた面々が一斉に『たったひとつの冴えたやりかた』を借りに来た。

 その中には、表紙の金髪の子みたいな金髪をなびかせた桂華院瑠奈の姿もあった。

 彼女以下生徒たちがどんな顔で神戸教授に詰め寄るのか楽しみにしつつ、そんな事をおくびにも出さずに高宮晴香は『たったひとつの冴えたやりかた』を手渡した。

『たった一つのさえたやり方』

 グーグル先生で検索すると、ちゃんと表紙の金髪の女の子が出て来る……あ。絵の違う版もあるのか。

 私の実体験である。

 借りた人間の所に怒鳴り込んだのはこの本と『AIR』しかない。

 良き思い出である。


神戸教授の経歴

 帝都学習館学園特待生卒業>>帝大経済学部卒業>>米国留学MBA習得>>私大教授

 まだ私大の候補が決めきれない……


無慈悲な夜の女王様

 『月は無慈悲な夜の女王』ロバート・A・ハインライン。

 実はこっちより『夏への扉』の方が私は好きだったりする。

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― 新着の感想 ―
たまに出るSF小説が私の幼少の頃読んだものとドンピシャで焦る。 いい話だなーって感想だけど、私ならその選択とれるかな?って思う。 エンダーのゲームもその頃読んだんだよね。これでネトゲに興味..げふん。…
[一言] 「校正名目で原稿を借りて編集が高宮先生の所に原稿を取りに来た」話って、藤原道長が執筆中の紫式部から原稿を奪って行った説みたいですね
[一言] たった一つの冴えたやり方……んー、私だと遺したメッセージパイプに胞子がついててパンデミック発生!みたいなことを考えてしまいますねえ
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